Love & Peaceじゃだめかしら。

雨やどりをしよう。

生まれて来たからには、みんな一緒に幸せがいい。この地球で雨やどりをしよう。今よりもう少しだけゆるく幸せな世界を提案したい、24歳♀による(ちょっぴり)哲学的ブログ

WWOOF体験記〜総集編2018!〜

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こんにちは。フキです。

 

私は大学を卒業したのちの1年間、

日本各地でWWOOF(ウーフ)をやってきました。

 

(WWOOFについてや、私がWWOOFを始めた理由はこちらの記事をどうぞ↓)

 

 

 私が2018年4月〜2019年1月の約1年間にお世話になったWWOOFのホスト様は、

ぜんぶで 5軒

 

今回の記事では、実際、各ホストのもとでどんなことをお手伝いし、どんなことを学んだかをまとめてお伝えたいと思います o(^o^)o

 

 

当初は、1軒ごとに記事を書いていたのですが、なにせ、そこでの出来事や、出会った人の人間模様が多彩すぎて、「WWOOF体験記」の記事としては、メッセージがブレてしまっていることに気づき、方針を変えました。

 

結論から言うと、私がWWOOF体験から学んだことは農業だけでは全くなく、むしろより学べたのは、

人間の生き方は実に多彩である

ということ。

 

 

やはり、誰か他の人と一緒に生活するというのはすごいことです。

WWOOFでは、今まで知る由もなかったような人に出会うことができ、さらに共に生活します。

自分の「あたりまえ」だったことが覆され、知らない世界が広がります。

農作物がどれだけの手間暇がかかって作られているか。

農業を職業としてではなく趣味として、ライフスタイルとして取り入れる方法や、

自然環境になるべく負担のかからない生活様式

 

 

また、WWOOFが「世界に広がる有機農場での機会」ということを意味するだけあって、ホストは総じて

地球環境保全に対して関心がある人が多かったです。

 

 

だから、食器洗いや洗濯の洗剤を、環境に優しい原材料で作られたものを使用していたり、中には菜食主義の家族もありました。

(それをウーファーに強要することはありませんでしたが)

 

時には、自分には合わないような生活をしていたり、考えを持っている人にも出会います。

しかしそんな中で経験や価値観を共有し合うことで、私自身、お互いの違いを許容する範囲がすごく広がったように思います。

じゃあ、自分はどんな生き方がしたいのか?というのを自問できる機会にもなります。

それを私は「農業」という間口を通して日本各地に学びに行ったというようなものです。

そう、ほんとうに人間の生き方は多彩。

自分がどう生きたいか。何を選択し、何を信じて生きるのか。

その選択肢がぐっと広がった、WWOOF体験でした。

 

また、WWOOFでは、

海外からのウーファーと滞在期間が重なって、一緒に作業・生活することもあります!

WWOOFの認知度が日本より高い国が海外には多くあり、案外と多くの外国人が日本でもステイしているのです。

彼らとは一日中一緒にいることになるのですから、色んなお話ができて楽しいですよ!

 

 

今回の記事を通して、まず「私の経験したWWOOF生活ってこういうものだよ!」というのをお伝えしたいと思います。

(※なお、お世話になったホストさま方の個人情報守秘のため、当記事ではステイ先の詳細の記述は避け、ホスト様のお名前は仮名とさせていただきます。)

 

 

 

WWOOF1軒目:ちいさな雑貨屋さん

とある山あいの田舎町にある雑貨屋さん。

ホストはここを経営する30代の女性、あかねさんでした。

 

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ここでのWWOOF生活の様子は、別の記事で書いています。

(↓この記事の終わりにリンク貼付しておきます。↓)

ぜひ見てみてください。

農業体験はできなかったものの、はじめてのWWOOFにしてはとてもリラックスした良い時間が過ごせました。

ホストのあかねさんのお気遣いもあって、最終日には周辺地の観光もできました。

ありがとうございました\(^o^)/

 

 

WWOOF2軒目:大きなりんご農園

長野県のとある町。山裾の平野には一面りんご農園が広がっています。

WWOOFのホストであるよしひろさんは、ここで農業法人として大規模なりんご農園を管理しています。

農園には常時10人近くのスタッフが勤務しているほか、時期によっては海外からの研修生が数名と、そこにウーファーが数人加わり、大人数で作業しています。

 

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農家に生まれ、学生時代には農業を継ぐ気はなかったというよしひろさん。

しかし大学在学中に行ったアメリカでの農業研修で現地の農業のスケールの大きさに驚き、それが農家というものを見直すきっかけになったと言います。

見渡す限りの広〜〜〜〜〜〜い農場を、大勢のスタッフを雇って豪快に経営するファーマー。

アメリカの農家、超かっこいい…!」

そう思ったそうです。

そして帰国後、親のりんご農園を引き継ぎ、徐々に規模を拡大し続け…

今では県内一の大規模農園にまで成長しました。

 

そしてよしひろさんは、

若者の農家育成にも大きな力を注いでいます。

そもそも、ここまで農園の規模を拡大できたのも、周辺には後継者のいない農家が多いから。

買い上げ、または借り受けという形をとって、放棄された農園の管理を引き継いでいるのです。

 

しかし一方で、農業を志す若者は、実家が農家でない場合、農業を営む基盤を持っていません。

そんな若者がよしひろさんの元に集まります。

彼らはよしひろさんの農園に一度就職し、働きながら技術を学び、だんだんと農園の一部を任せられ、ゆくゆくはその農園を貰い受けるという形で独立していきます。

農業を続けられない高齢者と、農業を始めたいという若者の間で、実質的なパイプ役ともなっているのです。

 

また、スタッフの中には、

農業で身を立てたいわけではないけど、他にやりたいことがあるという人もいました。

やりたいことでの収入が安定するまで、基本的な収入と融通の利く休日体制が欲しいということで、この農園に勤めているのです。

そしてよしひろさんはそうした生き方に対して深い理解があり、そんなよしひろさんの元でだからこそ、叶えられる夢があるようでした。

 

「来るもの拒まず、去る者追わずがうちの農園のモットー。」

 

そんな、とても風通しのいい農園なのでした。

農業は、土地や機械がやっているのではない、“人(ひと)”がやっているんだなあ…

そう感じたWWOOF体験でした。

 

 

 

WWOOF3軒目:家族で経営する桃農園

3軒目となるWWOOFは、約2haのもも農園を家族で経営する間宮さん一家

代々受け継がれるもも農園を若夫婦が中心となって管理しており、

今まで受け入れたウーファーは300人以上という、ベテランホストでした。

家族経営としては規模の大きい農園も、ウーファーの手助けがあって管理しきれているそう。

閉鎖的となりがちな農業経営も、生活に色んな人を受け入れることで新しい風が吹くので、WWOOFは自分たちに合ったシステムだと絶賛。

「自分たちも海外を旅行しているかのようだ」とおっしゃっていました。

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このホストには、日本国内はもちろん、海外からもWWOOFのリピーターが多いとのことでした(゚o゚!

その一つの要因には、間宮さん宅では、菜食主義のウーファーの受け入れが可能ということがあると思います。

日本ではまだ浸透していない菜食主義も、海外、とくにヨーロッパでは数多くいるみたいです。

そうした人たちが日本でWWOOFステイしたい時に、菜食メニューの食事を提供できるところは数限られているのですが、ここ間宮家では、祖母のけいこさんが家の敷地内でビーガン(菜食)カフェを経営していることもあり、肉や卵、だしまで使わない「完全菜食」の食事を作ることができるのです。

けいこさんのカフェで出すメニューの一部を食べさせてもらったのですが、もう、

魔法のように美味しかったです…!

ほんとに卵もだしも使ってないの?とびっくりしました。

それもそのはず、けいこさんのカフェは、県外からもお客さんが訪れる、菜食レストラン界では超有名な人気店だったのです。

 

しかし間宮さんの家庭内では、特にお肉禁止といった縛りはありませんでした。

お母さんの京子さんは、食事に関してとても熱心に勉強しており、ご自身ではお肉類はあまり食べません。

そして息子のみなとくん・るいくんにも食事の知識を教えるのですが、

それを選択するかどうかは自分たちに任せているようでした。

 

だからみなとくんたちは、例えば、お肉は食べたいみたいで、お母さんにお願いしてお肉のメニューも作ってもらいます。

しかし、牛乳は飲みません。

「牛乳は牛の赤ちゃんの飲むものだから、俺は飲まなくていいんだー」

と言って、代わりに豆乳を飲んでいました。

学校でも、先生に自分たちでちゃんと説明して、給食の牛乳を拒否しているそうです。

 

完全菜食を貫いている祖母けいこさんに、なぜ菜食をしているのかと聞くと、

「動物がかわいそうだから。」と意外にあっさりした答えが帰ってきました。

菜食主義の人たちの、動物由来の食べ物を食べない理由には様々なものがあります。

その考えの良し悪し、正誤の問題はさておき、この家ではとにかく、

各自が自分で考えて、それを実行しています。

そこがすごいと思いました。

私自身、世界の平和やより良い暮らしを望みつつ、それを実現させるために何か行動に移すことは少ないように思います。

というか、そうするための選択肢が、実生活において見出せない。

しかしこの家には、そんな選択肢のヒントがたくさん転がっていました。

 

例えば、

・洗濯洗剤、洗髪料は、水に流した時に有害物質を残さず分解されるものを使っている。

・2匹の保護犬、と3匹の保護猫を飼っている。

・農園も、「減農薬」という手法で栽培している。

(通常使われる農薬量を1/3に抑えると減農薬と言えるそうです。)

・人体に有害な物質の含まれない歯磨き粉を使っている

など…

 

勉強することがたくさんありました。

この家では「人間のライフスタイル」を学ぶ機会が特に多かったです。

私たちは、世界を良くするために意識的に選べることは、実はたくさんあるのだと。

 

 

 

WWOOF4軒目:ケーキ屋・農業の兼業農家

兼業として農業を営む農家さんも見てみたいと思い、次に訪れたのは海老原さん・猫田さんのお店でした。

海老原さん、猫田さんはケーキ屋を営む傍ら菜園、田んぼで作物を作っていて、収穫物は近くの道の駅やケーキ屋さんの一角で販売しています。

ケーキ屋では、地元産の米粉を使ったシフォンケーキとプリンが売られていました。

農場には、鶏やウコッケイ、ヤギもいて、そのお世話が面白かったです^_^

 

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ホストのお2人は、いわゆるビジネスパートナー。2人で組んでこの地でレストランを始め、その傍らで始めたケーキ屋さんが軌道に乗り、今はそちらが中心になったとのこと。

シェフである海老原さんは、料理だけでなく、農作業、園芸や日曜大工、英会話までマルチに技術を持った、とても器用な人でした。

まさに、「百姓」!

 

一方、猫田さんも色々なことが上手ですが、どちらかというと企画力がある人だと思いました。地域協力隊としてこの地に移住して、今でも農に根ざした暮らしを子どもたちに体験させるために定期的に夏休み学校のような、民泊を催しているみたいです。

 

「能力の違う2人が力を合わせて、お互いの夢を叶える手助けをしている」

そんな印象を受けました。

(でも一体、こういう出会いって、どこでどうやって起こるんだろう?

 

 

ケーキ屋の面白さ、農家の面白さをどっちも味わってるなんて、すごい!

かなり前衛的で、理想的なライフスタイルを叶えてるのかも…

そう思いましたが、海老原さんはこう言います。

兼業農家なんて言いつつ、

僕らの農業での収入なんて本当に微々たるもの。

自分たちで食べる分だけが採れればいいと思ってやってるんだ。」

 

 

そうです…

今までのWWOOFでも見てきて感じたことなのですが、農業は手間暇がすごくかかっているわりには作物の値段は安く、つまり、

農業は一概に“儲かる”職業とは言えないのです。

 

だから、片手間でやる農業ではなおさら収入が期待できるわけではありません。

手間や材料費などを考えると、むしろスーパーで安い野菜を買った方が安上がりということにもなってしまうのです。

 

しかし、代々受け継がれた小規模な農地を管理すべく休日だけ農家になる「サラリーマン農家」は依然として地方には多いですし、都会の人にはむしろ、わざわざ遠くの地方まで車を走らせ、借りた農地を耕している方もいます。

“リフレッシュ”と称しての、趣味としての農園づくりですね。

農業というのは、ただ単に「お金を儲ける手段」には収まらないのです。

収入源として農業を営む農家がいる一方で、お金と時間をかけてでも農業をやりたい人がいる。

なぜか。

 

そこで出てくる唯一の問いは、

「農業が好きか?」

「農業になんらかの価値を見出しているのか?」

 

 

海老原さんたちは、その答えを行動で表していました。

私が憧れであり、WWOOFをやるきっかけとなった宇宙飛行士の秋山豊寛さんも、そこが原動力で農業を始めたに違いありません。

(秋山豊寛さんについての記事はこちらをどうぞ↓)

WWOOF(ウーフ)って何? 私がWWOOFを始めた理由ーきっかけは1人の宇宙飛行士ー - 雨やどりをしよう。

 

ここ、4軒目のWWOOF生活を通して、人と農業との付き合い方の一例を見ることができました。

農業は、職業であるだけでなく、ライフスタイル、つまり“生き方”そのものなんだ。

 

 

 

WWOOF5軒目:山の奥の民宿

今回のWWOOFは冬真っ只中、山奥の雪深いところに来ました。ホストの只野さんご夫妻は約30年前に東京からここに移住し、民宿を開いたそう。

ここの深い雪やしずかな夜を求めてこの民宿には、年配の方から子どもまで、たくさんの人が訪れます。

私が訪れた1週間は、ちょうど20人近くの小学生の団体が宿泊していました。

 

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1月の冬真っ只中に行ったため、すっっごく寒いWWOOF生活でした。

ホストの只野さんは、特にご主人が寒いところが好きで、雪深いこの地が気に入って移住してきたそうです。

若い頃はアラスカやカナダなど、寒い土地を中心に世界中を放浪していたという只野さん。

そして40代の頃、一念発起してこの古民家を買い取り、民宿経営、農作業・山の手入れをしながら奥さまと暮らすようになったといいます。

部屋のストーブの薪は裏山から取ってくるし、お風呂は薪で焚く五右衛門風呂。

寒い日には外の手作りサウナに入り…

只野さんたちは本当にこの雪山での暮らしを楽しんでいるようでした。

 

自然環境と隣り合わせのここの暮らしでは、

環境に負荷をかけずに生活する方法をたくさん学びました。

例えば…

・食器は、汚れを紙で拭いてから洗う(水をなるべく汚さず使うことになります。

・暖房、照明は必要最低限に抑える。

・食べ残しが出ないように、料理を作るときに量を細かく調整する。

など…

お2人の生活には、知恵がたくさん詰まってて、見習うべきものが多くあると感じていました。

 

 

しかし、ひとつ引っかかる出来事が起こりました。

この家では、お客さまやスタッフの食べ残した食料を、飼い犬にエサとして与えており、

(もちろん、犬に有害と言われるネギはちゃんと取り除いてから与えます。)

その日の夕食のメニューには鳥の手羽先があったのですが、

そこで出た鳥の骨まで犬に与えようとしていたのです。

 

鳥の骨は縦に裂けやすく、体内で臓器に刺さることもあり危険と言われています。

その日はさすがにホストに疑問をぶつけました。すると、

「鳥の骨は犬に与えてはいけないという話はあるけれど、我が家ではずっとこれをやってきていて、今いる犬も15歳で元気にしている。

これがうちのやり方だ

との答えが返って来ました。

 

たぶん、こういうことなんだ。

只野さんは「犬に鳥の骨を与えてもいい」と信じているけど、私は「与えてはいけない」と信じているから、私は犬にそれをあげない。

誰が全て正しくて、何が間違っているということは決してなくて、いろんな価値観があるけれど、

結局は自分が何を選ぶのか、それが自分の行動を決める唯一の指針なのだ。

そう思いました。

 

 

只野さんには、自然の中で暮らしてきた様々な知恵があって、私はそれをしっかり学ぶけど、「鳥の骨をあげてもいい」という考えは、選ばない。

 

ある人がすばらしいとかそうでないとか、正しいとか間違っているとか、

注目すべきはそこじゃなくて、

最後には、誰かの言うことを信じるのか、信じないのか、

自分はそうするか、しないのか。

それしか自分を決めれるものは残らないのだと、強く感じました。

 

ここ5軒目のWWOOFでは、価値観の違いの受け入れ方を学びました。

 

 

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以上、私のWWOOF体験をまとめてお伝えしました。

日本でWWOOFのホストとして登録している農家は数多くいます。

それら全部を見ることはできないし、選んだホストも、運や縁としか言いようのない確率で出会うわけですが、私は不思議と、毎回何かを学んでいます。

何を学んだかがすぐには分からなくても、数ヶ月…半年…と時間をおいてから初めて、それが自分にとって意味のある経験だったと気づく瞬間が必ずありました。

 

誰と会うかも分からない、何を学ぶかも分からない、けれども確かに意味のある経験を得ることができる。

WWOOFはとっても不思議です。

 

 

2019年4月からは、ヨーロッパに3カ月滞在し、数カ国でWWOOFをやります!

そこでの体験も徐々に記事にしていきたいと思います、ぜひチェックしてくださいね\(^-^)/

 

 

最後に、サン=デグジュペリ『星の王子さま』より、私の好きな言葉。

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

ひとには、みんなそれぞれにとっての星があるんだ。

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

 

世界なんて、いますぐ平和になればいい。

みんなでこの地球で雨やどりをしよう。

 

 

WWOOF一軒目、雑貨屋さんでの生活の記録はコチラ↓

 

Instagramもぜひぜひチェック^_^

 

 

 

 

タイ語と日本語の比較から、言葉に想いを馳せてみる。言葉は世界の切り取り方だ!

 

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こんにちは、フキです。

今回の記事のテーマは、

「ことば」について私の考えたことです。

話のきっかけは遡ること6年前…

私がタイで留学していた時のこと。

 

 

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・・・

 

タイで留学する前まで、私は

言葉は“記号”でしかない

と思っていました。

 

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しかし…

タイで起こったいくつかの出来事から、私はその考えの矛盾点に気付かされることになります。

 

 

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そうなのです…

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…えっ

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これとは逆に、タイでのほうが細分化されている言葉もありました。

 

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つまり、言葉とはこういうことなので…↓

 

 

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そもそもこの世界はグラデーション。

どこを切り取って、

世界にあるうちの一つの事象として認識するか。

そういうものなんだ。

 

言葉は記号なんかじゃなくて、世界の見方

世界を認識する枠なんだ。

 

 

・・・

 

 

みなさんは、

『翻訳できない世界のことば』

という本を知っていますか?

私の大好きな本です^_^

 

外国語のなかには、他の言語に訳すときに一言では言い表せないような各国固有の言葉が存在する。
本書は、この「翻訳できない言葉」を世界中から集めた、イラスト入りの単語集。言葉の背景にある文化や歴史、そしてコミュニケーションの機微を楽しみながら探究できる。

小さなブログ記事が一夜にして世界中へ広まった話題の書。ニューヨークタイムズ・ベストセラー。世界7カ国で刊行予定。

引用:翻訳できない世界のことばHPより一部略

 

 

これこそまさに、言葉による

「世界の切り取り方」

を感じることのできる本だと思います。

 

言葉は、世界を認識する枠である以上、言葉が国によって違うことで、

ある国の人にとって認識すらしていなかった、切り取ろうとも思わなかった世界の部分

があって、そういうものを露出しているのがこの本でもあると思います。

 

 

私がこの本の中にある言葉で一番好きなのは、Mångata(モーンガータ)という言葉。

「水面に映った道のように見える月明かり」

といった意味の言葉だそうです。

 

うーん、まさに世界の切り取り方!

 

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水面に映った月の光を見て、切り取って、名前をつけた。

その一連の動作によって、この見落としてしまうような一瞬の景色が切り取られ、「Mångata」という名前のもとで、人々にきちんと認識され得る。

 

「水面に映った月の光による道すじ」が、「Mångata」という記号に置き換わっているのではなく、この時、

「Mångata」という切り取り線があるからこそ、人の目は初めて「水面に映った月の光による道すじ」を瞬時に捉えることができるのだし、あるいはそれを見たときの心の機微を、その切り取り線の中に収めることができる。

これは「Mångata」であると。世界を認識する目が鮮明化するのだ。

 

物も思考も空中分解してしまうようなこの世界で、「言葉」という切り取り線は、視野をくっきりさせてくれる。

 

 

 

世界の、今まで見向きもしなかった部分を華麗に切り取った言葉が、世界にはまだたくさんあるんだろう。

 

そして言葉のまだない切り取りが、世界になんてたくさん浮いているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

ああ、そう思うと、世界はこんなに大きくて、私の知ってる言葉は少なすぎて、眠たくなってしまいそう。。

言葉にならないものが多すぎて。

そして実は言葉になってしまうものが多すぎて。

 

 

 

こんにちは世界、こんにちは、

切り取られようのなかったあの景色。

この四角を切り取って、今すぐ名前をつけたい。

名前のないものでいっぱいだ。分かち合えない気持ちでいっぱいだ。

言葉でないものが空中浮遊した空に、

ぼやけた四角で夢を見る。

こんにちは、世界。

 

 

 

 

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タイでの経験から、言葉は単なる記号ではない、世界の見方なんだ!と気付いて、私は言葉がもっと好きになりました。

 

 

最後まで読んでくださってありがとうございました^_^

 

 

 

 

 

↓インスタグラムも見てね!

 

 

 

 

 

はじめてのWWOOF!体験記〜そこで学んだのは、農業じゃなくて人生の歩き方でした〜

 

 

こんにちは。フキです。

 

私は大学を卒業したのちの1年間、アルバイトや派遣の合間をぬって、

日本各地でWWOOF(ウーフ)をやってきました。

 

(WWOOFについてや、私がWWOOFを始めた理由はこちらの記事をどうぞ↓)

 

この記事では、私にとって初めてのWWOOF体験となった、ある田舎町の山岳グッズショップでのお手伝いの日々についてお話しします。

初めてのWWOOFは、ドキドキでした(^^;;

 

※なお、お世話になったホストさま方の個人情報守秘のため、当ブログでは以後、ステイ先の詳細の記述は避け、ホスト様のお名前は仮名とさせていただきます。

 

 

 

 

 

◉WWOOF1軒目:とある田舎町の、かわいい山岳グッズショップにて

 

 

2018年3月末…ウーファーとしての登録手続きを終えた私は、まず受け入れ先のホストを見つけようと「WWOOFジャパン」のホームページからホスト一覧を探っていました。

 

まず驚いたのが、

ホストの数の多さ!

私の住む県内だけでも数十カ所はありました。

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初めての私はどこから手をつけて良いかも分からなかったので、とりあえず「ウーファー急募」のページから入りました。

ここには、今の時期、特にウーファーの手伝いを募集しているホストが一覧で掲載されています。

急募しているということは、即日からでも受け入れてくれるってことかな?…と思ってページをめくって行きました。

 

 

「あっ、なんか可愛い写真!」

 

ふと目にとまったのは、森の中のかわいい一軒のコテージの写真。

プロフィールを開くと、ホストは、山岳グッズショップと観光客向けのコテージを営んでいる女性とのことです。

がっつり農業ではなさそうだけど、なんだか雰囲気いいし、県内で近いし…

最初はここに行きたい!

 

 

 

 

 

 

ということで初めてのWWOOF生活、早速スタートです!

\(^o^)/

 

 

・・・

メッセージのやりとりから数日後、宿泊道具をリュックに詰め、待ち合わせの駅へと向かいました。

お互い初対面だから、無事合流できるかなあ、と心配でした。

WWOOFでは通常、ご自宅の様子やホストのお顔など、あまりに個人情報が明らかになりような写真はプロフィールに載っていないことが多いので、お会いした時に初めてお顔や人柄を知ることになります。

今回は、ホストの方が私に気付いてくれました。

 

 

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ほんわかして優しそうな彼女の雰囲気に、ドキドキしていた気持ちがすぐにホッとしました。

 

・・・

 

ご自宅までの移動中の車の中で、簡単な自己紹介をしました。

ホストの女性は、田舎町で小さなグッズショップを営むあかねさん。 

今回はあかねさんにとってもウーファーを受け入れるのは初めてだということで、まさかのお互いWWOOF初心者!

・・・

お店に着くと、まずはかんたんなオリエンテーションをしました。

今回のWWOOFで私が手伝うのは、このショップでのペンキ塗りとのことでした。

(あかねさん宅では果樹を中心に畑の世話もしていましたが、私が訪ねた時期には農作業はお休み中)

あかねさんの山岳グッズショップは、古民家を改造したもので、手作り感のある愛らしいお店でした。

とっても可愛い!

 

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部屋全体が、オレンジ色の裸電球ひとつの落ち着いた灯りで照らされているのが印象的でした。

そしてなんと言っても目立つのが、壁いっぱいに飾られた、一枚の大きい絵画。

熊や猫や犬が二本足で立って、服を着て、音楽を鳴らして微笑んでいる、世界観バツグンのファンタジックな絵でした。

 

絵の作者は、あかねさんのお父様。

学校の美術の先生であったお父様は、在職中から個人的に絵を書き溜めていたそうです。

離職した今、このような画風に辿り着いて、新作を出し続けながら年に数回個展を開いているとのこと。

あかねさんのショップでも、その絵のポストカードやスカーフなどのオリジナルグッズが販売されています。。

へえぇ、リアルアーティスト!!

 

 

・・・

 

 

そんなこんなで、お茶をゆっくり飲みながらのオリエンテーションが済むと、早速作業開始です!

グッズショップを取り囲む塀や玄関入り口の床を、黙々とペンキで塗っていきます。

古民家だけあって、和風の雰囲気がまだ若干残っていましたお店も、鮮やかなペンキを塗るだけで印象はガラッと変わりました!

 

 

「助っ人がいると仕事が断然はかどる!一人だと、どうしても先延ばしにしちゃって進まないんだよね〜

今回ウーファーに来てもらってよかった!

とあかねさんは大満足の様子でした。

そんなこと言っていただけて、私も嬉しいです(๑˃̵ᴗ˂̵)

 

 

 

 

2人で黙々と・・・ペンキをペタペタ・・・

 

 

 

「大学を卒業して一番最初にペンキ塗りをすることになるとは・・・」

 

 

塀を塗りながらそう思ったことを覚えています。

 

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作業の合間にはちょくちょく休憩時間を挟んでくれて、私はあかねさんと色々なお話をしました。

お互いの生い立ち、好きなことや夢、未来について。

 

 

ある内陸県に生まれたあかねさん。

自然や山岳好きが高じて、20代の頃はリゾートバイトで日本各地の山岳観光地を周り、最終的に今の場所が気に入って移住したのだとか。

旦那様とはこっちに来てから知り合い、結婚したそうです。

あかねさんがこのショップを開いたのは約4年前。

今ではグッズを売るだけでなく「金継ぎ」の受注作業も行なっています。

 

「金継ぎ」というのは、「漆うるし」という木の樹液を使って壊れた器を修理する日本古来からの伝統技法です。(縄文時代の器の中にも漆で直されているものがあります)

漆はそのままで塗れば「塗料」になります。漆に小麦粉、木の粉などを混ぜれば「接着剤」「パテ」などを作ることができます。
金継ぎはこれらの素材を使いながら、割れた破片をくっつけたり、欠けた箇所を埋めたりします。そして最後に修理した箇所の表面に漆を塗り、それが乾かないうちに金粉を蒔いて定着させ、完成となるわけです。

引用:”金継ぎ”って何?どうやるの?…を初心者向けに簡単解説 – 金継ぎ図書館より

 

 

自分でお店を経営して、金継ぎという、希少な技術を身につけて、好きな山に囲まれて。

人生の設計というか、生活のデザインの仕方がすごいなあ・・・

好きなものややりたいことが明確で、それをちゃんと実現させて。あかねさんはすごいなあ・・・

そう思っていると、あかねさんがふと、つぶやきました。

 

 

 

「今の自分がこんな風になっているなんて、想像もしていなかった。」

 

 

 

・・・あれ、そうなんだ。

想像もしてなかったんだ、この今の状況を。

 

 

 

 

あかねさんの人生の歩き方って、何か目指すものがあって、そこから逆算して道を見出して、一歩一歩歩いてきたものだと思っていました。

 

だけどあかねさんの話を聞いていくと、それだけじゃないのかもしれないと思い始めました。

 

あかねさんは、山が好きで、若い頃から自然と山の近くで働いていて、あちこち行くうちに好きな土地を見つけて移住して、そこで山関連のお店を開くことになった。

付随して、金継ぎもやり始めて。

そして今、彼女はこう言う。

こんなこと想像もしていなかった。

 

 

そんなふうに、ゴールは設定しなくても、自分に好きなものがあって、それを見据えて前に歩いて行くのもありかもしれない。

それは時に、予想もしなかった平野に導いてくれるのかもしれない。

 

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私にしても、農業に憧れて、農業を体験したくてWWOOFを始めましたが、ここに来てやっているのはなぜかペンキ塗りでした。

 

しかし、このとき私は、初めてで分からないことだらけながら、こんなふうに素晴らしいホストに巡り会えたこと、そして一人のリアルな女性の生き方に触れることができただけで、今回ここに来てよかったと感じていました。

 

 

「就農!」「農業で生きていく!」と意気込んで、少し焦ってもいた私に、

「ああ、なんだ、生き方って結構、まっすぐじゃないものなのかもな。」

そういうちょっとした、心の隙間をくれたようでした。

 

 

道はまっすぐ定規で引かなくてもいい。

いま何者かになろうとしなくていい。

ただ、「自分は何を見ているか」「なにが好きなのか」

これこそがきっと道しるべになるんだ。

そうであってほしい。(^^;

 

 

お店の大きな絵を描いたあかねさんのお父さんも、今では画家と呼ばれる存在だけれど、お若い時の職業の肩書きはずっと「学校の先生」だったのでしょう。

でも彼は絵が好きで、描いていて、必然的に美術の先生の道が開けて、でもずっと絵は描いて来て、退職後もやっぱり絵が好きだから描いていて、今こうして形になって。

 

名前や業績ではない。

大事なのは、その人が「何者であるか」じゃなくて、「何をして来たか」であって、

なによりその人を形作るのは、その人が「何が好きか」であるんだ。

 

 

もう一度見つめたその絵から、そんなことがひしひしと伝わって来ました。

長年の情熱の具現化した、すごいエネルギーのある絵でした。

 

 

 

・・・

 

 

WWOOF中の私の宿泊場所は、あかねさんの経営するコテージでした。

グッズショップから車でほんの5分の場所。

私の滞在中は他の利用客もいないということで、一軒家を独り占め!

タツやキッチンもお風呂ある、快適生活を送ることができました♪

 

 

田舎町の森の中とだけあって、夜の暗さとその静けさは本物でした。

 

あの中で、3泊。

私は一人、何を想っていたのでしょう・・・

思い返すと、たぶん私は何も想ってませんでした。

全く思い出せないです(^^;;

 

怖いとか、不安とか、とりとめもない考え事とか、そういうものは不思議とありませんでした。

日中に得た程よい疲れがよかったのでしょうか。

ただただ、

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そう思って、一人眠る夜でした。

 

 

・・・

 

 

作業の合間のお茶の時間、美味しい3度のお食事。

私はあかねさん宅で、ゆったりした、そしていろんな話もできて、充実した時間を過ごしました。

 

あかねさんも私も、自分の生き方を思考錯誤しながら歩んで来て、今こうして同じ場所で一緒にご飯を食べているんだなあ。

 

私もこの先、どう歩んでいくか分からないけれど、今こうしてあなたと同じ空間にいることが不思議です。

私はつくづくそう思いました。

 

WWOOFって不思議だな。

全然知らなかった人とこうして一緒に生活するんだもの。

すごいおみくじだ。すごい出会いだ。

学べることは、農業だけじゃないのかも。

 

 

愛らしい小さなショップに、情熱の溢れる大きな絵。

今回のWWOOFで触れたのは、「好き」の原動力が形となった、暖かい空間でした。

 

「道の先は見えなくても、きっと道しるべさえあれば大丈夫。」

そう確信したWWOOF生活でした。

 

 

・・

 

 

 

このブログでは今後も、私の体験したWWOOF生活について記事にしていきます。

WWOOF生活では、毎度毎度、刺激的な人たちとの出会いがありました。

みなさんぜひチェックしてください\(^o^)/

 

 

 

 

最後に、宮沢賢治銀河鉄道の夜』より、私の好きな言葉。

 

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

さあ、切符をしっかり持っておいで。お前はもう夢の鉄道の中でなしに本当の世界の火やはげしい波の中を大股にまっすぐ歩いていかなければいけない。

天の川のなかでたった一つのほんとうのその切符を決してお前はなくしてはいけない。

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

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Fuki・作『銀河鉄道の夜』↓instagram もぜひ見てね!

 

 

 

 

世界なんて一刻もはやく平和になればいい。

一緒に地球で雨やどりをしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

WWOOF(ウーフ)って何? 私がWWOOFを始めた理由ーきっかけは1人の宇宙飛行士ー

 

 

 

こんにちは。新卒1年目のフキです。

 

 

私は大学を卒業したのちの1年間、アルバイトや派遣の合間をぬって、

日本各地でWWOOF(ウーフ)をやってきました。

 

 

突然ですがみなさん・・・

 

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WWOOFとは、World Wide Opportunities on Organic Farms「世界に広がる有機農場での機会」の頭文字です。

WWOOFは、有機農場を核とするホストと、そこで手伝いたい・学びたいと思っている人とを繋いでいます。
WWOOFのサイトを通し様々な人と友達になり、その関係性を深化させ、オーガニック生活を知り、新しい知見を得て、価値観の多様性を感じ、自分を向上させていくものです。
「食事・宿泊場所」を提供する側をホストといい、「力」を提供する側をウーファーといいます。

「食事・宿泊場所」と「力」そして「知識・経験」を交換します。
単なる交換ではなく、WWOOFではホストとウーファーとの温かなコミュニケーションを大切にしています。
自分が持っているものをあげ、持っていないものをもらう、というとてもシンプルなしくみです。

その関係に、お金のやりとりは一切ありません。

引用:WWOOF ジャパン - WWOOFについてより(一部略)

 

 

つまりWWOOFとはお金のやりとりのないファームステイ!

“World Wide(世界規模の)”とだけあって、この仕組みは日本だけでなく世界中にあります。

(発祥はイギリスだそうです。)

 

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◉私はなぜWWOOFをやろうと思ったか?

 

きっかけとなったのは、時を遡り私が大学を卒業したばかりの頃。

就職をせずに大学を卒業した私は、その時点では自分のやりたいこと、進む道が全く見えていませんでした。

(私が就職をしないと決断した理由については、こちらの記事をぜひご覧ください↓)

 

目指すべき具体的な職種や業種は、とんと見当がつかなかったものの、

この時の私には、心に抱いている問題意識がいくつかありました。それは、

 

・地球環境問題をいかに改善するか

・人間を含むすべての生き物が、どうすればより幸せに生きていけるか

・人間が精神的にいかにリラックスして生きていけるか

 

 

言葉にするときれいごとでしかないし、クサい感じもしますが(笑)。。。

私は真剣にそれらについて考えていましたし、それは今でも変わりません。

 

 

 

つまり、卒業当時わたしは

心の向いている方は分かるけれど、

実際に進む方向が全く分かっていませんでした。

 

 

悶々とする日々は続きました。

・・・

大学の卒業式を控えた3月のある夜、私は偶然一つのテレビ番組を目にしました。

それは、『世界ふしぎ大冒険!』という、TBSが過去60年間に放送した貴重映像を厳選した特番。

そこでは、日本人で初めての宇宙飛行した、秋山豊寛(あきやまとよひろ)さんについても特集していました。

 

TBSの記者であった秋山さんは、宇宙にジャーナリストを送る「宇宙特派員計画」の宇宙特派員に選ばれ、1990年に宇宙に飛び立ちました。この時、彼は日本人で初めて宇宙に行った人物となったのです。

 

 

「大気の薄さに驚いた。」

「地球が、まるでそれだけで命の塊のようだった。」

 

彼の言葉に心惹かれました。

 

 

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(↑興味のある方はぜひ!秋山さんの出演は27:05〜です)

 

 

 

そして私が特に衝撃を受けたのは、

彼が地球から帰還したその後の話です。

 

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えっ!宇宙に行ってきた人が、帰ってきて農業を始めたの!?

 

 

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こうして私は「農業」というものに興味を持つようになったのでした。

 

 

 

宇宙に行ってその目で地球を見た人が、帰還後、農業を営むことを選択したということは、

人間がいずれは突き当たる“我々はいかに生きるか”の問いに対してのリアルな答えが、

農業にあるんだ。

私はそう感じました。

 

 

「私は、農業に従事しようとは微塵も考えたことがなかったけど、宇宙に行った人が選んだのならば、きっと農業は良いことなんだ。きっと農業には、何か大切なものがあるんだ!

 

思い立ったら居ても立っても居られませんでした。

 

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こんなことをきっかけにして私はWWOOFを始め、のち最終的に、2018年の4月から翌年1月にかけて計5カ所でWWOOFをしました。

 これらの体験を通して、私は農業に限らない、様々なことを目の当たりにし、学ぶこととなります。

 

当ブログでは以後、私の体験したWWOOF生活について記事にしていきます。

\(^o^)/

ぜひぜひ読んでみてください!

・・・

 

 

 

 

最後に、

秋山豊寛さん・著『宇宙と大地』より、私の好きな言葉。

 

 

*☆*:.。.*・゜゚・*:.。..。.:*・*☆*:.。・*:.。. .。.:*・゜゚・  .。.:*☆

 

地球の青は、明るいブルーから紺になり、濃紺になり、黒くなり、漆黒の宇宙の闇に続いています。

何処から来て、何処に行こうとしているのだろう、わたしたちはーーー。


*☆*:.。.*・゜゚・*:.。..。.:*・*☆*:.。・*:.。. .。.:*・゜゚・  .。.:*☆

 

 

 

 

 

世界なんて一刻も早く平和になればいい。

この地球でみんな一緒に雨やどりしよう。

 

Instagramもぜひ見てね^_^

 

 

 

 

 

 

ノーモア・ラブストーリー!!映画「君の名は。」に垣間見える恋愛至上主義に反論!

 

 

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遅ればせながら、2016年公開の映画「君の名は。」の感想を。

ご存知、大ヒット映画。すごい映画ですよね。

映像も、音楽も、透き通ってて、心に染み入るよう。

 

RADWIMPS」による挿入歌、主題歌も映画の世界観をそのまんま歌にしたようで、まさに「言葉と、映像と音楽」とが一体になって物語を紡ぎ出している・・・

映画を見ているというより、「104分が最大限表現し得る一つの物語を見ている」ようでした。

 

 

しかし

見終わった後にの私の心には、原因不明の「モヤッ」が残っていました。

 

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な・なんで・・・?

そのモヤの正体は何なのか。その場ですぐに説明できるものではありませんでした。

時間が必要だ。

この映画の感想を言葉にするのには、時間が必要だ。

というわけで、公開から3年近くも経った今、ようやく考えがまとまっているのに気が付いたので、今日この記事を書いています。

 

 

 

◉【以下ネタバレ!まだ映画を観ていない人は、ご注意を。】

 

簡単に、映画のストーリーをさらいます。

主人公は東京に住むある男子学生、瀧(タキ)と、田舎町に住む三葉(ミツハ)。

彼らはある日を境に、時間も空間も超えての入れ替わりが起こるようになります。

お互い、みす知らずの人物。会ったことはないけれど、徐々に惹かれ合っていく。

しかし、ある日ぱったり入れ替わりが起きなくなった・・・。

この原因を辿っていった瀧は、数年前に起きていた隕石の落下事故により三葉の身に何か起きたのだと悟る。

瀧は、三葉を救うため、時間を超えて彼女に会いにいく。

 

 

会いたいけれども会えない。君の名が、分かるようで分からない。

けれど確実に憶えている、君のこと、確実に求めている。

時を超えても会いに行きたい。時を超えてでも君のことを救いたい。君の名は分からないけれど・・・

そんな、儚い、掴みどころのない「愛」の心模様が描かれています。

そしてこの映画は、三葉が神社を守る家系に育ったという設定もあり、日本文化を再考察する場面が投げかけられている気がします。

クライマックスで2人が会うのも、宮水神社の御神体である窪地です。

伝統文化の一つである「組紐」も、2人の入れ替わる重要なヒントを握っています。

 

「この映画は単なる青春物語じゃない。

監督は、もっと普遍的な、私たち日本人という民族のルーツや、生命の根源みたいなものから、その延長の時間軸に生きる、今の私たちについて描きたかったんだ。」

私はそう感じました。

 

地震に始まる様々な災害、社会の圧迫感と、早すぎるテクノロジーの進化・・・。

様々な不安要素を含むこの時代に、新海誠監督はこの映画を通し

「繋がっている。私たちは、その『誰か』と、時や場所を超えても、そしてあなたが誰だか分からなくても、求め合っている。」

そういう漠然としていながら、まるで魂にインプットされているような、スケールの大きい「愛」について語っているような気がしました。

 

 

そんな2人が奇跡のように出会えたある瞬間があって、それは瞬く間に消えてしまって、それでも君に伝えたかったこと・・・

瀧が三葉の手のひらに書いたのは、

 

 

「好きだ」

 

 

 

・・・・

ああ。そうか。

うん、君のことが好き。だから会いたい。分かる。だから、「好きだ。」

・・・・・・・

そしてラストに2人は現実世界で再会し、ハッピーエンド。

 

 

 

 

 

 

 

あれっ!?これって単なるボーイミーツガールの物語だったの??!!

 

モヤモヤの原因はここでした。

 

 

 

 

新海誠さんの描くあの空、もうあれが完成された、言葉はいらないひとつの世界の美しさであり、かつ日本文化を描くことから、私たちの命の根源まで問いかけているようなあの映画に、私は確実に、単なる「恋愛」とは違う種類の「愛」を感じていました。

 

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それは地球に対する愛であり、夜空に対する愛であり、それはこの時代に、この場所に生きていることに対しての愛であり喜びであり・・・

そういうものを確実に含んだ映画であると感じました。

そういうものの着地点がありふれたラブであった(ように感じてしまうような結末であった)ことに、

モヤッとしたのです。

ここで私が問いかけたいのは、

 

 

物語にとって、恋愛的なラブが最上の美しさか。果たして。

ということ。

 

 

 

気づけば、巷にはラブストーリーがあまりにも溢れていると思いませんか?

アニメ映画の王道、ディ○ニー映画の大半も、プリンセスがいてプリンスがいる。

日本の少女漫画はいうまでもなくラブに溢れているし、戦闘系の少年漫画にさえ必ず「ヒロイン」がいますよね。

「男」と「女」がいて、物語は、どきどき。

ラブソングも世間に溢れてる。

「♫あなたに会いたくて・・・」

「♫ずっとそばにいるよ・・・」

「♫ただ君だけを・・・」

J-popの大半がラブソングだといってもいいのではないでしょうか?

そう、あまりにもラブが溢れかえっている。

 

 

 

ラブストーリーは美しいです。どきどきして。男と女がいて、物語が動き出す。わかります。どきどき。

 

でも、異性に対する愛、つまり「恋愛」という形で感じるそれは、

全ての感情を凌駕し得る、至上最高の感情でしょうか?

 

 

例えば、失恋した後、「どうしてあんなに彼(彼女)に夢中だったのかな?」「どうかしてたんじゃないかな?」って思ったことはありませんか?

これは全くその通り、恋愛は一種の脳の錯覚とも言われ、そのメカニズムは科学的にも証明されています。

(ちなみに、私がこのことを知ったのは、イギリスのコメディアニメ『おかしなガムボール』より・・・( ̄▽ ̄;))

 

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Episode.172『The Love』より「愛とは全て化学である」

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(出典がアホらしくてごめんなさい・・・でもこのアニメ、シュールでとっても好き・・・笑)

 

一応、図書館に行ってきちんとした出典調べました。

身も蓋もない言い方だが、「恋に落ちる」というのは、脳内の報酬系にスイッチが入ることで、「この人しかいない」という気持ちが芽生え、一人の人に夢中になること。そうした、脳内の神経ネットワークが働く一連のプロセスなのだ。

報酬系とは、喉の渇きや空腹など、生物が生き延びるために必要な機能であり、この報酬系にとって極めて大事な働きをしているのが、快楽をもたらす神経伝達物質ドーパミン(ホルモンの一種)だ。

つまり、ドーパミン報酬系の燃料であり、恋の燃料なのだ。

          ー 奧村康一らNHKスペシャル取材班(2009)『だから、男と女はすれ違う』より(一部略)

 

 

だから、「恋愛」に感じる「愛」って、永遠のようで、普遍的な美しさのように感じられて、

 

 

でも・・・それって・・・

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って私は思ったり、、、するんですが、いかかでしょうか・・・(小声)

 

 

 

そこで、「君の名は。」に戻ります。

あの映画に表されていた「愛」は、ホルモンの助けがあってこその、あんなに美しい愛であっただろうか?

(言い方・・・笑)

きっと違う。私はあの映画から、それとは違うものを確実に受け取った。

 

しかし瀧が三葉に送った言葉は、「好きだ。」そして2人は結ばれた。

うーん。

このモヤモヤ感はなんだろう。単直に表すと、

 

「入れ替わったのが男と女でしかこの物語は成立し得なかったのか?」

ということ。

 

 

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(恋愛には性別を超えた色んな形がありますが、ここではあくまで「瀧くんの立場」で考えると、)

瀧くんと入れ替わったのが、三葉じゃなく、例えば勅使川原くん(三葉の友人)だったら?

彼はここまでの情熱で彼を求め、会いに行っただろうか・・・?(笑)

そうじゃなかったら、瀧くんは三葉だったから、ここまでの情熱に駆り立てられた。

だとしたら、

この物語を動かす「愛」の起点は、結局のところ「恋愛」の「ラブ」だったのかな?

そこが、私のモヤモヤ点。

 

 

恋愛を否定する気は全くありません。

でも、「ラブ」つまり「愛」は必ずしも「恋愛」と同義ではなく、他にもいろんな種類があると思うんです。

家族に対する愛、地球に対する愛、命に対する愛に、自分に対する愛・・・。

「恋愛」はあくまで、そのうちの一つでしかないと思うのですが、どうでしょう?

 

 

世の中には様々なストーリーがあります。

様々な感情で描かれていたはずのストーリーたちが

結局は全て「恋愛の物語」に収束され得るものであり、それが最も美しい愛の在り方だとしてしまったら

それって私たち、これまで多彩な人間の感情や人生模様にとって、あまりにも表現が乏しくありません?

 

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だからこそ、私はあの場面で瀧くんに「好きだ」とは言って欲しくなかった。

(ただの個人的な意見のようにも思いますが・・・)

だって、ラブストーリーはもう巷(ちまた)に溢れかえっているのだもの!

 

 

 

これは私の大好きな動画。

新海誠監督が、作家の川上未映子さんを招いての対談。

話は、両者の作品づくりの根源がどこにあるか、という話になります。

 

監督にとっての“イノセンス”(純真さ)は、いつのどの景色?の質問に対し、新海監督はこう答えました。

12〜13歳のころの、寒い場所で育っていた時のこと。寒さとその中で見る星の瞬き。よりギラギラ見えて、その届かないギラギラが世界の本当の姿であり、片思いをしている相手であり・・・。あの時に一番大切なものを受け取って、それを作品の中にどう映そうかというのを思っている。

 

 

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(画像:Youtube:アニメ映画『君の名は。』心をつかむ 新海誠監督インタビュー 16.09.15)

 

 

ここから、新海誠さんの描きたい世界の根源が、必ずしも恋愛感情のみから来ているものではないと感じられます。

監督の真に伝えたいメッセージと、物語に感じられた恋愛色とのギャップが、私が映画を見た後に残った違和感であったのかもしれません。

 

 

新海誠監督の描く世界はすごく素敵で、私も、違和感はあると言いつつこの映画は大大大好き。

すごく遠くて、きらめいた、世界の本当の姿を、私は確実に受け取った。

だからこそ、大好きなこの映画だからこそ、「ラブストーリー」として簡単にくくらないでほしい。

着地点はそこじゃない。

それだけのことなんですけど・・・笑

 

 

 

私は声を大にして言おう、ノーモア・単なるラブストーリー!

愛の間口はもっとたくさんあるはずだよ。

 

 

 

就活を辞めた大学4年生の見た景色。真っ白な平野に立たされて…

 

 

こんにちは、フキです。

人生をRPGロールプレイングゲーム)のように「 Yes / No 」で選択していった結果、私は大学3年生終わりの春に就活をやめると決意しました。

 

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そう決意するに至った経緯については、前回ブログを読んでみてください。

(前回ブログを要約すると・・・)

もともと私は公務員志望でしたが、大学3年時にインターンシップに行ってからそこへの就職を辞め、

→一般企業の求人の検索、職場見学を繰り返すも、なぜかどの企業にもピンと来ず…

→ある夜、社会人生活を想像して大泣きしたことをきっかけに

→「就活をしない」という道を、RPGのノリで選んだ

(ということです。)

 

 

この記事では、就活をやめると決意して過ごした大学最後の一年間で、私が見たこと、感じたことを書きます。

 

 

 

・・・

 

 

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就活はしない、と選択した私。

春休みを終え、地元から大学に戻った私が目にしたのは

 

「一っっっっっっ気に就活モードになっていた友人達」

 

 

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飛び交う就活用語。

あれっ。少し前までみんな、普通の大学生だったのに。普通の会話をしてたのに。

その「一斉感」に驚いた。

よーいどんのピストルでも鳴ったのかしら。

いつ!?聞こえなかったよ

 

 

私は思いました。

 

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やっていないのは、大学院への進学か留年を決めている人だけでした。

その人を除いて、就活はみんなやる。

 

 

 

さらに驚いたのは、みんなお互いの状況をよく把握しているということ。

同じ研究室にいる仲間同士はもちろん、他の研究室の友人達のことまで。

 

 

 

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この空気の中、私はこの時、

「お願いだから私のことに触れないで!」という気持ちでいました。

 

 

何か聞かれたとしても現実、

自分のことを何も説明できなかったから…

 

 

就活をしないことに対して何か正当な理由付けもできなかったし、とりあえずの言い訳も思いつきませんでした。

 

 

分かっているのは、決めているのは、

「就活をやめた」ということだけ。

 

 

 

しかし友達からは進路を探られ、

担当教授からは心配され、

大学のキャリアセンターからは進路確認の電話が鳴り止まず・・・

 

 

 

孤独な気持ちでいっぱいいっぱいだった私にとっては、

色んな人がそんなふうに関わってくることがとても負担で、

次第に大学に行って人に会うのが苦痛になっていきました。

 

 

 

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・・・どうして?

あなたはあなたのダンジョン、私は私のステージにいるだけのに、どうしてそこで干渉してくるの・・・?

 

 

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周りの詮索に消耗していた私は、この時点ではもう、

就活をしないでいることはほとんど「意地」でした。

 

 

 

私は「私の人生を選べる」と生まれて初めて知って

私が就活を辞めた理由。人生をRPGのように生きてみようと思った - 雨やどりをしよう。より)、

それが嬉しくて、

そのことを「就活をしない」という行動を通して証明したかったのだと思います。

誰にって?

「自分自身に」、証明してあげたかった。

 

自分を操作するコントローラーは自分が握っているんだってことを、証明したかった。

いかにもリスクの高い選択に思われるかもしれませんが、あの時、大多数の人とは違う方向に舵を切ったことは、レールに乗り続けてきた私にとって、すごく意味のあることでした。

 

 

 

私は私のコントローラーをしっかり握っている。

 

 

 

 

 

うん。

 

 

 

で、「就活を続けますか?」

の質問にNoと答えた私の目の前に現れたのは、

 

 

 

見渡す限りの真っ白な平野・・・

 

 

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あれ??

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目の前には、進む道も、選ぶべき選択肢も見当たりませんでした。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

進む道が何にも見えない状況で、私はこう思いました。

 

「自分は、もしかしたらとんでもない選択をしちゃったんじゃないか・・・。」

 

 

 

眠れない夜が続きました。

 

 

 

どうしようどうしよう。

体が震えるほどの不安。

 

 

 

 

このとき私には、自分を肯定してくれる人が誰もいなかったし、実際、誰かが肯定してくれるような言い訳も持っていませんでした。

 

 

何度も何度も揺らぎました。

 

 

こんなに苦しいくらいなら、就活しておけばよかった・・・」

 

とも思い始めました。

 

 

 

 

 

 

そんな時によぎった言葉。

 

 

 

 

 

・・・で、結局、私は何がしたいの?

 

 

 

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「・・・?」

 

 

 

 

 

真っ白な平野に立たされて、私はそれすらも分かっていないということが分かりました。

 

就活をやめたとして、私はどこに向かって進みたいのか。

自分はどういう生き方がしたくて、何が好きなのかすらまともに分かっていませんでした。

 

 

 

そりゃ、選択肢も出てこないわけです。

まずは、私は今なにがしたいのか。

 

 

 

それを明確にしない限りは私はどこにも進めませんでした。

 

 

 

 

 

そこで私は一人の時間を作り、ゆっくり、自分の好きなもの、考えていること、好きな言葉や好きな写真などを目一杯ノートに書き込んで行きました。

もう戻る道はなかったので、私はこの時、全身全霊、一日の空いてる時間全てを注いででも、自分の進むべき道のヒントを見つけ出さなければいけませんでした。

 

 

 

大学4年生では、私のやることといえば卒論を書き上げることだけだったので、アルバイトの時間を差し引いても自分のための時間はたくさんありました。

大学にいると周りの就活の空気が苦しかったので、大学では卒論の執筆以外のことは一切やりませんでした。

そのうち、必然的に友人との交際はほとんど断ち切られ、いつのまにか私は「一人」になっていました。

 

 

 

 

 

ゆっくりじっくり自分の好きなことだけを考える時間・・・

 

 

 

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はじめて味わう孤独。

 

 

 

 

 

 

 

・・・なんだかとても、、、

 

 

 

 

 

 

 

 

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と思いました。

初めて味わった孤独感。

ほんとに静かなんです。

 

 

自分以外の人との対話が極端に少ない日々

好きな本を読んで、好きな言葉を集め、自分の好きなことだけを考えて、本当になりたい姿だけをひたすら想像する時間。

 

 

 

私が好きなもの、考えていることなどでノートがいっぱいになる頃、

私はこの世界に大好きなものがたくさんあることに気づきました。

 

 

戻る道はないし、進む道も見えないけれど、私は今、この世界にいれて嬉しい。

この人生で、大切にしたいものがたくさんある。

 

 

歩いていける。大好きなものだけをたくさん持って、私はこれからも、どこまでも歩いていける。

 

 

 

 

世界は優しい・・・

 

 

そう思いました。

 

 

 

私は今、こんなに何もしてないし、周りから見たらきっと私は「やばい」状況。

 

 

 

でも、そんな状況に身を置いてみたけど、実質、いまこんなにゆったりした時間を過ごせていて、強い安心感に満たされている。

 

 

 

そして、私にはこんなに好きなことがいっぱいある。紛れもなく生きている。

 

 

 

なにも実質やばくはない。

 

 

 

生きて行くことは、そんなに危ういことじゃない。

 

 

 

 

みんなと足並み揃えて人生を歩まなくたって、私は私をまっすぐに生きていけばいい。

 

 

今すぐに目指すもの、なりたいものは見つからないけれど、お金がないなら、アルバイトすればいいだけのことで、何がただちに私を傷つけるというの?どうしたら直ちに命が危うくなれるの?

 

 

 

私には今確実に時間がある。

好きなものがある。生きていることが嬉しい。命があるから、

私は私のやることをこれからも「選べる」。

 

 

時間のオゾンを浴びまくって、私は命の喜びを感じていた。

世界は、私たちが思っているよりも優しい。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

みんなが言ってきた「やばい」を実現した私に、世界は変わりなく素敵なものを与えてくれていた。

そのことが、私の世界に対してのゆるぎない「信頼感」に変わりました。

 

 

私が送った、この世界に対しての挑戦状に、しっかり答えてくれたような気がしました。

 

 

 

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こうして私は、

 

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・・・

 

 

…秋。

大学では、もう一つ見たものがありました。

運悪く進路が決まらなかった友人たちの、元気のない姿です。

100%の人が進路がうまく決まっているわけではありませんでした。

 

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彼らの違いは何だろう。

彼らは「何かの加減で運が向かなかった」としか言いようがなかった。

 

 

 

そしてそんな就職の決まらない人が、なぜか心を病んで行く。

大学に来れなくなってなって卒論すら進められなくなる人もいました。

 

 

・・・

 

 

ある日、同じ学科の仲間数人で卒論調査に行きました。

その中の一人、玉井くん。

 

 

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悩んでいる彼に何か言ってあげたくて、私はその日の別れ際、彼にこう声をかけました。

 

 

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このとき私は知りました。

 

 

「就活路線に取り残される」ことが「やばい」というのが、私たちの間に

しっっっっっっっかり根付いているのだと。

もうそれは焼きごてのように。

 

 

しかし、「就職が決まらなければやばい」を犯したとして、実質、この世界はあなたに、ただちに危害を加えますか?

違うでしょう。

 

 

 

私は、

就活に関する悩みは全て幻想だと思います。

 

 

 

悩んで、日常生活や心のバランスが危うくなってしまうくらいなら、本末転倒。

それならいっそ、あなたを悩ますその価値観を捨てちゃったらいいと思うんです。

周りの風は強いかもしれないけど。

 

 

 

 

大丈夫だよ。まあ、そういう私もあなたから見たらその「やばい」状況なのかもしれないけど(笑)、

それは一旦置いといて、よく見て、

あなたも私も、ライフはまだ何も損なわれてないよ。

 

 

 

 

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確証のない価値観よりも、「自分自身」が今どうであるかを見つめた方が、よっぽど実質的じゃないですか?

そしたらいつだって必ず、あなたは「大丈夫」。

 

そう分かるはず。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

3月、卒業式。

「就活をしない」を選択した私は、孤独な一年間を終えました。

心のこもった送別会も、卒業式も、うれしかったけど、同級生や教授と顔を合わせるのは私にとっては苦しいものでした。

でも卒業すればみんなバラバラ。

義務教育→高校→大学と同じ歩幅で歩んできた私たちが、今日限りでこれからそれぞれの人生に解散して行くと思うと、「私たち、ここまできたよなあ・・・」と清々しい気持ちでした。

 

 

 

会の終わりに、教授たちによるスピーチが私たちに送られました。

その時、ある一人の教授がこんな言葉を送ってくれました。

 

 

 

 

 

 

 

「みんなさあ、好きなことしな。

 

仕事とか、そういうものに追われるだけじゃなくて、好きなことをしなよ」

 

 

 

 

 

 

 

…涙が出る思いだった。

最後の最後で救われた。

 

 

 

パワーがチャージされた気持ちでした。

 

 

 

 

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ほらね、世界は私を悪いようにはしない。

 

 

 

 

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ライフはまだ何も損なわれていない。私たちいつでもスタート地点。

 

ゲームのシナリオは続きます。

 

 

 

 

 

まとめ

就活をしないと決めた私を待っていたのは、孤独で真っ白なステージでした。

でもその静けさの中で、私は世界に対する信頼感を得ました。

私は「やばい」を実現したけど、ただちには何も起こらなかった。世界は依然として素敵なものを与えてくれた。

世界は危ういところじゃない。私はきっと大丈夫。これからもずっと大丈夫。

 

就活をやめて見えた、あの景色を私はずっと忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が就活を辞めた理由。人生をRPGのように生きてみようと思った

 

新卒一年目、フキです。突然ですが、

私は大学4年生の時、就活を全くしませんでした。

 

 

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ちなみに、

私は、飛び抜けた才能や人望がある、特別な人間ではありません。

また、就活をしなかった代わりに何か大きなことを成したかというと、そうではありません。

起業したわけでもなければ留学に行ったわけでもない。

普通の大学生が就活をせずに大学を卒業しただけです。

 

その先のプランも明確でなかったのに…

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この記事では

ごくごくフツーの凡人である私が就活をしないと決断するに至った経緯を綴ります。

 

 

この記事が、就活について悩んでいる人、就活をどうしてもやりたくない人、生き方に迷っている人の参考に少しでもなれたらいい、そう願って書きます。

 

 

 

 

 

 

 

◉私はなぜ、就活をしないと決断したのか。

 

結論から言うと、

 

 

人生をRPGだと考えた時、

「就活をしない」という選択をしてみたくなった\(^o^)/

 

 

からです。

 

 

 

 

 

唐突でごめんなさい。

RPGとはご存知、ロールプレイングゲームのことです。

人生=ロールプレイングゲーム!?

いきなりそんな独特な世界観突きつけられても…とお思いでしょう。

その通りです。

ごくごく凡人の私ですから、生来からこのような考えであったわけではありません。

どうして私がこんなふうに考えるようになったか、順を追ってお話しします。

 

 

 

・・・

 

 

 

私は、割と真面目で、かつ安定志向の高い女子です。

 

 

高校は地元の進学校に入学し、卒業とともに当然のように大学に進学し、大学でも特別な理由がない限り講義は出席し、と「優等生」と言えるべき学生でした。

親元を離れての大学生活も、人並みにサークルやアルバイトなどにも励みながら問題なく過ぎていきました。

 

 

 

しかし大学も2年目に差し掛かったころ。

私は大学生活に違和感を感じ始めました。

そのとき私は、

 

大学の講義が退屈に感じられてしまってしょうがありませんでした。

 

 

 

もちろん中には興味のある講義もありました。けれども、「なんでこんなこと勉強してるんだろう?」と思ってしまうような講義を90分、しかもそれを何回も受ける日々に、私自身なんだか消耗し、疲れ切っていました。

 

 

いやだなあ…と思いながら、しかしそれを特に改善しようともしないまま、私は着実にそんな90分を積み重ねていました。

 

 

 

 

そんなある日…

特別なことが起きました。

 

 

授業中、涙がこぼれて来たのです。

 

 

 

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90分が早く終われと耐えている状況が、辛くてしょうがなかったのでしょう。

でもそれが泣くほど嫌なことだったとは、涙が出るその瞬間まで自分でも気が付きませんでした。

 

 

 

 

そしてふと思いました。

 

 

 

 

「こんなに嫌なのに、なんで私は今ここにいるのか」

 

 

と。

 

なんで私はここに座ってるの。

そう……

 

 

「そんなに授業が嫌なら、私は今すぐ立ち上がって、講義室を抜け出して、外に出ることもできるじゃないか。」

 

 

 

私は私を動かせる。

5秒先の自分が何をしているかさえ、自分で変えられる。

今ここにいるのは、紛れもない自分自身なんだから。

物理的に、実質的に、私は今、私をどうにでもできる。

 

 

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今私がどこかに行ってしまったとして、罰則があるわけじゃないし。

それに今私がここにいることを、誰も強制なんかしてないんだから。

泣くほど何かが辛いなら、今すぐ立ち上がって、講義室を抜け出せばいい。

 

 

 

そう、今この瞬間、

誰一人として、

私になにも強制していない。

 

 

 

 

でも、私はここに座っている。

私は今、自分の意思でここに座っている。自分の意思でここにいて、自分の意思で90分をこんな風に過ごしている。

 

 

誰もなにも強制していないのに!

極端な話、明日も明後日も、大学に来なくたっていい。

単位が取れなくて、最悪、大学を卒業できないだけだから。

あれ?そもそも、このまま大学に通い続けることだって、実は誰も強制していないじゃん。

 

 

私はその日、そう気付いたのでした。

 

 

 

 

「いや、自分で大学に通うことを選んだんだろう」って思いますよね。

全くその通りです。

私は、自分の意思で大学進学を決めて、受験する大学を決めて、親からの援助もあって、自分の意思で講義に出席することを決めて、自分の足で講堂まで来て、自分の意思でそこに座っていました。

 

 

でも当時の私には、それを私が「選んでいる」という自覚がまるでありませんでした。

 

 

高校に行って、大学に入って、勉強して、就活して、卒業して、、って、それが「当たり前」だと思っていたから、単位を取れるように真面目に出席してる。教授の話を聞いている。

そして、本意でないと泣いている。

本当は、誰もなにも強制していないのに。

 

 

 

・・・あれ?

 

 

 

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そこからです。

私は、自分のやることを「選べる」のだと自覚し始めました。

 

人生、20年以上生きて、ようやくそのことに気付いたのでした。

些細なことのように思うでしょう。

でもこの日のことは、

私の人生においてとても大きな意味を持つことでした。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

時は過ぎて、大学3年生。

その時の私は就職に関してとても熱心に考えていました。

大学のキャリアセンターや地元のハローワークに通い、面談を受けたり、公務員試験についてや、地元の求人を調べたり・・・

 

 

農学系の専門性の高い私の学科では、卒業生の就職先にはある程度傾向があったので、私もそのいずれかに就職するんだろうな、と考え、就職先の第一希望に、地元の県庁を選びました。

 

 

 

その年の夏、私は地元の県庁のインターンシップに参加しました。

そこでは一週間の中で色んな部署を見学させていただき、とてもいい経験ができました。

 

 

 

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5日間のプチ社会人生活。

その日々の中で私はこのことを一番学びました。

 

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(そこ?笑)

 

 

 

そうか、就職するって、一週間の大半をその仕事に費やすということなんだ!

 

 

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それを体験して初めて、腑に落ちて理解した感じでした。

 

 

 

そうか。働くってこういうこと。

 

 

でもまあ、ここ県庁でなら大学で学んだことも活かせるし。給与もいいし。公務員は、安定だし。お父さんも喜ぶし。

うん。それで、私はどうしよう。来年ここを受けようか。

 

 

 

・・・

・・・

・・・

え。

 

 

 

 

あれっ、私の社会人生活ってこういうことかな。

1日の大半を、そして1年、2年、数年単位のほとんどの時間を、ここで費やすってことかな。

 

 

 

 

 

・・・あれ?

 

 

 

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あれ。。なんだか。。

 

 

 

そのことについて、私は、どう?

ここで働いていくことについて、私は、どう?

 

 

ここは待遇はいいけど。第一希望だったけど。

 

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あ…そういえば、そうだった!

誰も私に何も強制していない。

 

 

私は、「選べる。

去年のあの時知ったんだった。

 

 

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…じゃあ、私はどっちを「選ぶ」の?

ここで、働くのか、やめとくのか。

ここで私は、働きたいのか、働きたくないのか。

Yesか、Noか。

 

 

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私はピンと来ました。

 

RPGのあの感じに似てる!と。

 

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みたいな。

 

 

選ぶってまさにこういうことだ。

YesかNoか。右か左か。

 

そう、色々考えなくていい。

選ぶって結局はYesかNoか、それだけ。

それを自分で選ぶだけ。

人生は、RPGでいいんだ!

 

 

 

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「公務員はやめる」と選択したら、その後のシナリオが展開するだけだ。

 

 

 

 

YesかNoなら、私の選択は決まっている。

なんてシンプルなことだったんだろう。

でも、結局、YesかNoでしか人生は進行しないのだから、、

 

いいじゃん!

人生はRPG観!!

 

 

 

 

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すると続く道には…

 

 

 

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こんなルートが見えてきました。

 

 

 

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・・・

 

 

 

 

こうして、県庁への就職を辞め、一般企業への就職を目指し始めた私は、3年生の夏からやってきたと同様、地元のハローワークに通ったり、インターネットで求人検索をしたり、気になった企業に見学に行かせてもらう日々を送りました。

 

 

 

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この時、給料がいいからとか通勤しやすそうだとか、余計なことは考えず、その会社で

 

・働きたいか

・働きたくないか

 

それだけにシンプルに答えることだけを意識して就活を続けました。

 

 

 

これを繰り返すうちに、働きたいと思う会社が見つからないままに、とうとう大学3年生も終わりを迎えてしまいました。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

大学4年生を間近に控えた、春休みのある日のこと。

その夜、私は自分の部屋のベットに横になり、ぼんやりとこんなことを考えていました。

 

 

ついに社会人も近い。私は一年後にはどこかの企業で働いているんだ。

今とはちょっと違う生活。社会人だもの。

月曜日から金曜日、朝8時から夕方5時まで働いて、家に帰ってきて、ご飯を作って食べて。

お風呂に入って、ゆったりして、夜12時には寝て。

朝は家の掃除をして。仕事服着て。出社して。

それが私の毎日。

 

 

それが私の毎日。

 

 

 

 

 

 

 

 

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涙がぽろぽろぽろ・・・・・・・

流れて

流れて、

 

 

びっくりするくらい止まりませんでした。

 

 

 

・・・

わあ、私、嫌なんだ。

そういう生活が、やりたくないんだ。

 

 

私はそう気付きました。

 

 

 

 

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その時あたまをよぎったのは、この言葉。

 

 

 

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そうだ、実は誰も私になにも強制していないし、

私は私のやることを選べる!

 

RPGみたいに、選べばいい!

 

 

 

 

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起動しました私の人生RPG

 

 

 

 

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えっ。

 

 

 

そんな選択肢、あるの。

 

 

 

 

 

 

 

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思い出して。人生はRPGで、

 

「私は私のことを選べる」

 

 

選んでいい、なぜなら私のコントローラーはいつでも私が握っていて、

実は誰も私になにも強制していない!

 

 

 

 

 

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そういうことならば、、、

 

 

 

 

 

 

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(うっそ〜ん(~_~;))

 

 

 

 

 

 

・・・

 

こうして大学3年の春休みは過ぎ、私は就活をしないと決意して4年生を迎えることになったのです。

 

 

…まとめ…

なぜ私は就活をしないと決意したのか。

それは、

 

 

 

 

自分を「選択」するコントローラーを生まれて初めて手に入れて

それを手に、現れた選択肢にひとつひとつ答えて行ったら

必然的にそこにたどり着いた

 

 

 

 

というだけのことでした。

 

 

しかし、この時の私はまだ自分の選択に確信が持てず、不安だらけでした。

 

 

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だって、、、人生はRPGだって言っても・・・

 

 

 

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っていう・・・。

 

 

 

(Fin)

 

 

 

・・・

 

長い記事を最後まで読んでくれてありがとうございました。m(_ _❤︎)m

当ブログではこの先も、「就活をしないと決めた大学4年生が、その先どうなっていったか」についての記事を徐々に更新していきたいと思います。

ぜひぜひ読んでみてください!

・・・

 

 

 

 

 

 

世界が少しでも平和になればいい。

世界が喜びの雨に濡れて、そしたらみんなで雨やどりをしよう。