Love & Peaceじゃだめかしら。

雨やどりをしよう。

生まれて来たからには、みんな一緒に幸せがいい。この地球で雨やどりをしよう。今よりもう少しだけゆるく幸せな世界を提案したい、24歳♀による(ちょっぴり)哲学的ブログ

旅をしたら人生「スター状態」になった!長野県の大豆農家、カツヤさん・サキさんの話。

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「私は、学校の事務員として仕事を3年間続けてみたんだけど、

 

『あ、これが死ぬまで続くんなら、わたし、この人生 生きなくていいや。』

 

と思って、仕事辞めたんだ。」

 

 

 

と、強烈なエピソードを話してくれたのは、以前このブログで紹介した、長野県内で大豆の無農薬栽培に取り組んでいる、サキさん。

 

サキさん初登場の記事はこちら↓

 

 

 

 

結婚も出産も、何物も夢を追いかける足かせにはならない!と、夢を叶え続けるサキさんのことを、以前記事に書きました。すると女性からの反響の声が思いのほか大きく、驚かされました。

 

「いいなー、やりたいことをやっていて。」

「すてきだなぁ、サキさんの生き方。」

「わたしもそうなりたいな。」

 

などなど…

 

 

 

ひとりの生き方が、こんなにも誰かを勇気づけることがあるんだ…!!

 

 

 

 

 

ということで、今回はサキさん、そして旦那さんのカツヤさんの「生き方」に焦点を当て、詳しくご紹介しようと思います。ふたりの「生き方」が、いつか誰かの背中を押しますように。。

 

 

2人はどう出会い、長野県に移住し、農業を営むに至ったのか。

そこには全く別の人生を歩んできた2人の、意外な交差点が見えました。

 

 

 

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・・・

 

 

新潟県に生まれ育ったサキさん。

高校を出てすぐに就職し、とある学校の事務員として働いていたそうです。

 

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生活のために働かなくてはいけないと分かっていつつ、退屈な仕事内容に嫌気が差す毎日…

 

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とお母さんに言われ、とりあえず3年間、サキさんはその職場でがんばってみました。

 

 

 

 

 

 

そして3年経ったその時。

 

 

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ぷつんと何かが切れたサキさん。

そこから、仕事をきっぱりと辞め、自分の「好きなように生きる」人生が始まったそうです。

 

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兼ねてから憧れだった上京生活がスタート。

気の向くまま、やってみたかった業種でのアルバイトを転々としていました。

そこで、ふとしたきっかけで知ったのが『Peace Boat (ピースボート)』。

 

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よく飲食店などでポスターを目にする、世界一周・船の旅!の、あれです。

3ヶ月ほどかけて、各国の世界遺産を回る船旅。

 

 

サキさんは、そこに乗船することを決意しました。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

一方、カツヤさんは青森県で生まれました。

 

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地元の工業高校に通い、部活のテニスに明け暮れる学生生活。

 

 

卒業後は、多くの友人がそうであるように就職の道に進み、県内のある工場でオペレーターとして働く日々が始まりました。

 

 

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1年、2年、と月日は経ち、ある時からある想いが頭の中に浮かぶようになりました。

 

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「俺の人生には、この生活が、最悪あと40年?50年?続いていく?…えっ?うそっ?!それって、、。」

 

 

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未来の自分の姿を思い浮かべて、失望したカツヤさんは、

 

入社から3年たった春、すぱっと仕事を辞めました。

 

 

 

(ここまでの流れ、なんだかサキさんと似てるなあ。)

 

 

 

 

会社を辞めたことへの周りの反応は、すごく厳しいものだったみたいです。

 

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これからどうなるかなんて、自分でも全く分からなかったカツヤさん。

 

 

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カツヤさん:

「人と違った生き方をしている人なんて、周りに一人もいなかったから、とにかくネットサーフィンだよね。やりたいことは何かないか。どういう生き方があるのか…。」

 

 

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そこで目にしたものこそ、Peace Boatピースボート)でした!

 

こ、これだあ!!

 

と、一気に加速するカツヤさん。

 

 

 

そこからは資金調達に翻弄する日々が始まりました。

なんでも、ピースボートのポスターを自分でお店などに配布した分だけで旅費が免除される制度があるみたいで、カツヤさんはなんと乗船料金の全額をポスター配布で賄ったそうです。

 

 

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そして晴れて、ピースボート乗船者の交流の場でサキさんとカツヤさんは出会いを果たし、2人の世界一周の旅は始まりました!

 

 

 

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(えっ、一緒に世界一周したんじゃないの笑)

というツッコミはおいといて。。

 

 

 

 

 

3ヶ月、世界一周の旅。各観光地を巡るだけでなく、船の上では色んなイベントが行われていたそうです。旅のテーマに「Peace」と掲げているだけあって、世界の貧困や環境問題のことを学ぶ講演会やディスカッション…

世界について、人間について再考させられたそう。

 

 

 

 

「旅で得たもので一番大きかったのは、船の上で色んな人に出会えたこと!」

 

と話すカツヤさん。

 

 

 

カツヤさん:

「船の乗船者の7〜8割は定年退職後のおじさん、おばさんだったんだけど、やっぱり俺らみたいに人生ドロップアウトして旅に来てる人も多いわけ!旅人や、人生模索してる人、ガチの画家がいたり、ああ、人の生き方は色々あっていいんだ、って思えたよ。世界が広がったな。

 

 

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インタビュー:

じゃあ旅が終わった後は、カツヤさん自身はどう変わりましたか?

 


カツヤさん:

「もうね。。。

マリオでいう、スター状態になった気分だったよ!!」

 

 

 

おお、スター状態…

またインパクトのあること言うなあ。。

 

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「うおー!これから何しよー!なんでもしていいんだー!って、ほとんど無敵モード。旅に出る前まで感じていたあらゆる制限がなくなった感じがした。結局、人のいろんな生き方に触れたことで、「こうじゃなきゃいけない」っていう考えが、ことごとく抜け落ちたんだと思う。」

 

 

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ピースボートの旅が終わってから、2人はしばらくアジアをー旅行したり、日本各地でリゾバしたりWWOOFしたりしていたそう。

 

WWOOF(ウーフ)とは、ファームステイの一種。

詳しくはこちら↓

 

 

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カツヤさん:

「んで、そんなある時、サキに農業をやることを誘われてさ。」

 

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「それで一緒に移住して来たんだ、長野県に。」

 

 

 

 

 

へえ!急展開!

 

 

インタビュー:

世界を飛び回ったのちに自給自足という暮らしに辿り着いたのは、どういう考えがあったんですか?

 

 

 

 

サキさん:

「私はもともと小さい頃から環境問題に関心があったんだよね。で、世界中を旅してて、汚染された環境を目にしてきたの。

 

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アジアを旅してる時ね、タイで、ゴミで汚くなった川を見てたらね、

『ああ、こんなものを見るのは、もういやだ。やめにしよう。』

ってふと思って、地に足つけた生活というか、環境に配慮した生活を実践したくなった。

日本には農薬の問題もあるし、完全無農薬で農業を始めようって。」

 

 

 

 

 

カツヤさん:

「おれは、農業をやりたいっていうより、“やりたい生活をするために必要だったのが農業だった”って感じかなー。旅が終わって、さあ、これからどうやって生きていこう?って思ったときに、

 

・いかにしてお金を稼いで生きてくか

・いかにしてお金を使わずに生きてくか

 

っていうのに辿り着いて、企業勤めはもう嫌だし、かといって俺は起業とか向いてなさそうだから、後者でいこう!って思って。

それに、これからの時代、果たして何が一番強いだろうって考えた時に、やっぱ自分で食べるものを自分で作れるってのが最強だ!とも思ったんだよね。」

 

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ふたりの生き方が合致して、「農業」に辿り着いたんだなあ。

 

 

 

 

2人で始まった農業生活。移住生活は今年で3年目。

現在、1歳半のイツキくんも家族に加わり、庭には、家族で食べるのにちょうどいいくらいの小さな畑があって、多くの野菜を自給しながら生活しています。

 

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お2人の本業は、大豆農家

家の周辺に計6反ほどの畑を借りて、無農薬で大豆を栽培しています。

 

 

サキさん:

「国産の大豆って実は希少で、今 日本では国産大豆は6%くらいしか出回ってないんだよ。」

 

 

へー!知らなかった!豆腐、味噌はじめ日本はまさに、ザ!大豆文化!で生きてきた国なのに、今はそんなに大豆農家が少ないんだ…。

 

 

 

インタビュー:

農業については何か勉強してから始めたんですか?

 

 

カツヤさん:

「いや、2人とも全く知らないまま移住してきちゃったよ!

だから独学と、有機栽培については近所の師匠に教えてもらいながら。

最初は全く分からなかったし、機材も持ってなかったんだけど、自然と事が進んでいったんだ。

欲しい分だけ、借りれる畑がちゃんと見つかったし、機材を貸してくれる人も現れて、軽トラまで運良くゲットしちゃった!」

 

 

 

 

へぇ、不思議…。

 

 

 

 

 

「だから、こうする!って決めたら絶対そうなるって、うまくいくって信じてるんだ。」

 

と力強く話すサキさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

サキさんたちを見ていると、夢を持つことのハードルが低くなる。

 

 

「当たり前」の世界を何度も飛び出して、「できない」という言葉をいつでも否定してきた人たちで、夢を確かに叶えてきた人たちだから。

 

 

 

夢を叶えるのには努力や才能なんかが大切だと思っていたけど、2人を見ているとその前に、

 

「夢を見ること」と

「できると信じること」

 

こそが大切なのかもなあと思えてくる。

 

 

 

 

 

自分が思っているよりもずっと世界は広いこと。

自分が考えたこともなかった生き方で、人生を生きている人が世界のどこかにいること。

そういうことを知っている彼らだから、夢を見ることの制限など、全くないのだろう。

 

 

 

 

 

 

そっか、ここは本当は、だれもが自分の生きたいふうに生きれる世界。

世界はたぶん、自分の夢を追いかける、誰のことも置き去りにしない。

旅に出ようと出まいと、どこにいようと、何歳だろうと…。

 

 

だから…

 

 

 

 

 

 

 

あなたの夢はなんですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

 

最後まで読んでくれてありがとうございました!

またブログに遊びに来て下さい。

 

 

 

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ビーガンについて私の思うことのすべて。

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最近よく耳にするようになってきている、「ビーガン」という言葉。

 

 

 

ビーガン(Vegan)。

簡単に言えば、お肉、牛乳、卵など動物由来の食品を食べない人たちのことを言います。

 

ベジタリアンと言ったほうが分かりやすい?しかし厳密にはこんなふうに分類されているみたいです↓

 

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参考:ベジタリアンとは?日本ベジタリアン協会

 

なるほど、ベジタリアンの中でも特に厳格なのがビーガンってこと…!

 

 

 

さて、よく耳にする言葉ではあるけれど、実際のビーガンの人たちの生活や、考え方に触れる機会はあまりないように感じます。

 

 

 

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私はここ一年半で、日本・ヨーロッパでのWWOOF旅を通してビーガンにまつわる様々な立場の人たちに会い、色んな意見を聞いてきました。

 

・ビーガンの人

・元ビーガンだった人

・ビーガン反対の人

 

 

 

 

そんな中、私自身は

ビーガンについてどう思う?

というところを、経験談とともにつづります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いきなりぶっちゃけた話!

本音のところ、ビーガンってちょっと怖い…って思ってました。

 

 

数年前まで私は、「ビーガン=動物愛護の人たち?」って思っていたので、「ビーガン」と聞いた時につきまとったのは、ある種の宗教感…?っていうのかな…。なんだろう。。

 

 

 

 

今すぐにでも「ラヴアンドピース!!愛こそが世界を救う!」って叫び出しちゃいそうな、アメリカのヒッピー文化を彷彿とさせる、あの感じ。。。

ビーガンというと、食べ物だけでなく、精神的なものも関わってくることだって、私は大変に無知ながら、感覚的に感じ取っていました。

 

 

 

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動物のお肉を食べない。

うん分かる。

私も動物大好きだし、なら動物から搾取するのはやめようよ、というのはとっても理解できること。

だから私も大学時代から何回か、肉食をやめようと試みていたんです。

(まあそれと同じ回数挫折したのだけれど。)

 

 

それでもやっぱり、「私はお肉を食べません」って周りの人に言うのに抵抗があったのも事実…

 

なんでだろう?周りにそういうことやってる人はいなかったからかな…?

 

 

 

そしてお肉を食べない生活ってのにもなかなか慣れなくて、すぐに心が折れてフツーの食生活に戻る、の繰り返しでした。お肉って、やっぱり美味しいし。

 

 

だから、ビーガンというのは、いつまで経ってもぼんやりとした存在で、私の生活からかけ離れたものでした…。

 

 

 

 

 

 

 

さて、私が初めてビーガンの人と出会ったのは、去年の春、国内3ヶ所目のWWOOF(ウーフ:ファームステイ)のため山梨県に訪れた時のこと。

 

国内WWOOFの体験談について詳しくはこちらの記事より↓

WWOOF体験記〜総集編2018!〜 - 雨やどりをしよう。

 

 

 

もも農園を営むそのご家族は、農園と併設してビーガンカフェを経営していました。

 

ビーガンだったのは、そこのおばあちゃん。

(おばあちゃんといっても、カフェのオーナー兼バリバリの現役シェフ、かなり溌剌としたおばあちゃんだったけど。)

 

 

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彼女に会ったとき、

わあ。ついにリアルにビーガンの人と出会った!

と、内心ちょっとビクビクしていたんです。

 

けい子さんは、牛乳や卵はもちろん、だしまで魚由来のものは使わない、しかも週に一度は塩分を摂らない日を設けていて(これはビーガンとは無関係かもしれませんが)、とにかく食に関してはかなり厳格そうな人だったんです。

 

 

 

 

彼女の思想や信念は、強そうだ…

 

 

ならば彼女は、

私がお肉を食べていることについて、どう思うんだろう。

お肉を食べることがどれだけよくないかって、説得されちゃったらどうしよう…

 

っていう不安感が付きまといました。

 

 

 

 

 

しかし思わぬことに、何日経ってもそのおばあちゃんの口から直接「ビーガン」というワードは出てこなかったんです…。

 

それで私は、ついに自分から聞いてみることにしました。

 

「けい子さんは、なんでビーガンをやってるんですか?」

 

 

 

すると、

 

「私は、動物が好きだからかな。」

 

 

 

と、けい子さんの返答。

 

 

 

 

 

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と、少し驚きました。

 

 

(けい子さん)

「私は個人的にビーガンをやってるけど、それを誰かに強制しようとは思わないよ。私の家族だって、お肉も食べるしね…。

ただ、お肉を使わないお料理もこんなに美味しいよ、ってことを伝えたくてカフェをやってるのよ。」

 

 

…そうなんだ。

私も、動物が好きなのは一緒。ただ、けい子さんはそれを「行動」に移してるだけなんだ。

気持ちは、フツーの人とそんなに変わらないんだなぁ。。

 

 

 

 

 

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この経験をきっかけに、私は、ビーガンの人に対する心の壁が、ぐっと低くなりました。

 

 

 

 

 

けい子さんとの出会いを経て気が付いたことがありました。それは

私はなぜ「ビーガン」の人に、抵抗感を感じていたか、の理由。

 

 

 

 

 

私は、ビーガンの人に説得されるのが怖かったんだと思います

あるいは、自分の生き方自体を否定されるのではないかという恐怖

 

 

 

 

ではなぜ、「恐怖」?

 

それは…

肉食を巡る考えが、紛れもなく「YesかNoか」の世界だからだと思うんです。

 

 

 

 

 

たとえば宗教に関することでもそうですよね。

 

 

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って人には恐怖感を感じないけど、

 

 

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って友だちが言い出したら、なんだかもう、怖いというかなんというか…

「あれっ。ちょいちょ〜い、どーしたの戻ってきて〜!」的な(笑)

 

これは極端な例か…(^_^;)

 

 

 

でも、他の意見を受け付ける余地のない、なにかを100%信心しきっている態度というものにはどうしても、ぞっとするものが有ります。

 

 

そして、ビーガンの人たちがこういうふうに根拠のないものを信じているわけではないにしても、肉食を一切やめるその行為は裏を返せば「肉食」=「悪」だという図を感じさせてしまうわけで、そのことが無意識の中に

 

・ビーガン

・ビーガンでない人

 

の立場を見事なまでに分断させてしまう原因になってしまうかと。

 

 

 

 

そっち側の人たちは、こっち側を否定しているんだという恐怖感。

 

ほんとはそんなことはないのだけど、しょうがないです。。

だってお肉を

・食べるか

・食べないか

というのは、まさに二対極的な、限りなく「YesかNo」の問題ですから…

 

 

そう思うと、友だちに「肉食やめたんだー」って言うのすら怖かったのは当然のことだったんだなぁ…って、今になって思います。

 

 

 

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(友だちとの間にはなるべく波風立てたくないという、私のチキン根性が出現するのです…)

 

 

 

 

 

 

ビーガンにまつわる人たちについての話、その②。

ところ変わって、ヨーロッパはアイルランド!サイモンさん宅でWWOOF滞在したときのこと。

 

サイモン宅でのWWOOF滞在記はこちら↓オススメ記事・:*/.:+

 

 

 

このブログにも書いたように、サイモンさんは自給自足の暮らしをしていて、そこには食用の牛、鶏、アヒルも飼育されていました。

つまるところサイモンさん自身はビーガンではありませんでした。

 

 

 

 

彼とビーガンについての話になった時、打ち明けられたのは、

 

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というお話。

 

 

「10年くらい前かな、かなり本格的にビーガンをやってたんだけど、僕の体質には合わなかったように思うよ。欠けた栄養素をサプリメントで摂らなきゃいけなくて、自分の健康を害することになって、結局方針を変えたんだ。

僕は肉を食べるよ、でも、自分で育てて自分で殺した肉しか食べない。

 

 

 

とサイモンさん。

 

 

 

「畜産の問題の一つは、動物たちが劣悪な環境で育てられているということ。狭い、工場のようなコンクリートの檻の中で育てられ、大量に生産され安価で売られるという状況。

問題は、畜産が「工業化」していることにあると思うんだ。そういう畜産のあり方には僕は反対だから、僕はスーパーでお肉は買わない。」

 

と彼は言っていました。

 

 

 

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肉を食べる、食べないだけでは語れない側面を知りました。

 

肉を食べること自体は必ずしも「悪」じゃなくて、問題の一つにあるのは、「動物が育っている環境」。

同じ命を食べるにしても、その命を、幸せに生きてもらうのか、と、苦しみの中で生きさせるのか…

 

肉食を巡る問題は、命のあり方への「選択」でもあると学びました。

 

 

 

なるほど。。。

 

私はきっと、サイモンさんみたいに自分の手で牛や鶏を殺すことなんてできない。怖いもん…。

かといって、劣悪な環境で育てられた安価なお肉を「買う」ということは、その命の扱いのあり方に「賛成」していることに他ならないから、私は、お肉を食べることはそういうことにも関わってくるんだって、考えなきゃいけないんだって思いました。

 

 

 

 

 

 

・・・

 

ところで最近は、環境問題意識の高まりと共に、ビーガンに転向する人が増えてきている感じがします。

え、でも、なんで環境問題から「ビーガン」という選択に繋がるの?

 

 

そこのところを、私はちゃんと理解できませんでした…

で、最近少し勉強してみたんです。

 

簡単にまとめると、こういうこと↓

 

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データ:ドキュメンタリー映画『cowspiracy』より

参考:地球の環境を守るには肉を食べることをやめなければいけない!環境問題のタブーに切り込む映画『COWSPIRACY』に考えさせられる | こまろぐ

 

 

えっ!温室効果ガスの51%を畜産が占める!?

(しかしほかの色々な情報源からデータを見てみたところ、この数値の記述には大きく差がありました。データによっては、16%、21%、28%など…

この数値は、飼料生産・森林の開拓・水の供給など、どこまでの影響を考慮するかによって違ってくると思うのですが…)

 

いずれの数値を信用するにしても、畜産による温室効果ガスの排出は、無視できないものだということは確実に言えるのだと感じました。

 

 

 

 

この側面から考えると、ビーガンは単なる精神論に収まらないと言えます。

温暖化問題が深刻化している今、その原因とされているCO2排出の元凶の一つとなっている畜産に「Yes」と言うか「No」と言うのか…

そういうシンプルな公式になってきているとも感じます。

 

 

 

 

 

それでも、インターネットの世界には様々な情報が飛び交っていて、何を信用したらいいのか判断が難しいところ。なのでここで一つ。

これは私がヨーロッパのWWOOF生活の中で、数軒の畜産農家に滞在させてもらって実際に感じたことなんですが…

 

 

家畜の世話してみて分かりました。牛や羊の食べる藁や、飲む水の量って、確かにすごいです。

 

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写真よりも、目の当たりにすると一層リアル…

とにかくすごい量なんです。餌を追加する作業が一日に何度もありました。

 

 

 

 

そりゃあ、ひとつの命を動かすエネルギーがそれだけ必要っていうのは分かります。

 

でも…

こちらが引いてしまうほどの、それは膨大な量で、それだけ糞の量も凄くて、おしっこの量もすごい。それが、一頭の子牛が成牛に育つまでも何年も何年も、毎日、繰り返されるわけです。

 

 

 

そういう光景を目の前にし、さすがに疑念を抱かざるを得ませんでした。

 

穀物を、ひとつの命を通して摂取すること。

ひとつの人生(牛生?)を介してやっと私たちのエネルギーになること。

これは、、正直、エネルギー効率としてはすっごく悪いよなぁ。と感じました。

 

 

 

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なーんて、正直思ったんです…。

 

 

 

結局、私はこれらのヨーロッパのWWOOF体験を終え、帰国と同時に、お肉や乳製品を食べるのをやめよう!と思い立ちました。

 

それは大学時代に思っていた「動物がかわいそうだからお肉やめよー。」っていうぼんやりとした決意とは違う意味で。

 

 

 

 

 

でも…

うまくいきませんでした。

豆腐料理もレパートリーが尽きて来るし、外食行ったら選択肢がほとんどないし…

それより何より、お肉ってやっぱり美味しいし!

 

 

 

ゆらぐ信念。

 

あーあ、肉食には反対だけど、私ひとりが完璧になるのでさえこんなに難しいや…

まあ、私の意思が弱いのだけれど…

 

とヘコんでいました。

 

 

 

 

 

そんな頃に出会った、サキさんについてお話します。

サキさんについてはこちらの記事↓

結婚したら、子どもができたら、大人になったら…夢を諦めなきゃいけないと思ってた。 - 雨やどりをしよう。

 

 

彼女は長野県のとある村で大豆の無農薬栽培をしている方で、元から環境問題に強い関心がある方なんですけど、彼女はこう言ってました。

 

 

 

 

 

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(サキさん)

「お肉はほとんど食べないけど、月に1〜2回はフツーに食べるしね。食事会や外食とか。それに、ビーガンって言っても、卵は買って食べるよ。平飼いの自然飼育してる農園のものを選んで買ってる。環境のこと考えてやってる卵農家さんもいるから、そういうのは応援したいからね。」

 

 

 

サキさんの言うことって、いつもなかなかに新鮮(笑)

あ、そっか、ゆるいビーガンってのもありか!

 

 

 

 

 

そうなんです、ビーガンって、ゼロかイチか、白か黒か、そういうふうに考えるとやっぱり辛いものがあります。

 

 

いきなり肉食をゼロにしよう!

ケーキもアイスもダメ!

このお菓子に使われてるゼラチンは動物由来だ!食べちゃいけない!

 

 

ってやり始めるとキリがない。いや、キリはあるかもしれないけど、疲れてしまう。

 

 

 

 

ならば、最初は一日一食だけお肉をやめてみよう、とか、今日は炒め物にお肉の代わりに油揚げ使ってみよう!とかでもいいのかなー。

 

 

そう思うと、一気に気が楽になったんです。

ノーミートマンデイ(No Meat Monday)っていう、月曜日だけお肉を食べるのをやめよう!って活動も、若者を中心に最近ではありますよね。

 

 

あっ、そこからでもいいのか!って。

 

 

 

まあ、

 

たかが週に一度?

たかが一日一食?

スーパーに行けば、こーーーんなにたくさんお肉が売られているし、こーーーーんなにたくさん、それを買う人がいるのに?

なんて不甲斐なさは感じるけれど…

 

 

 

そんなとき、こう考えるようにしました。

 

それが例え一回だとしても、「お肉を食べない」ことを選ぶって、海辺を歩いて、カケラひとつずつ、プラスチックゴミを拾うようなものかもしれない、と。

 

まあ、ゴミ拾いよりももっと実質的な影響力を持つのだろうけど。

 

 

 

目の前に落ちているそのゴミを拾う。その行為の、どこが悪い?

誰がそれを、無意味と言える?

 

 

自分ひとりの力が小さく感じられてしまうけれど、「その行為は、ごみを拾った一個ぶん、世界を良くしている」、そんな面ではごみ拾いに似ているなーって思うんです。

 

 

 

 

それはとても小さいことに思えるし、いろんな意見がある。

でも、100の空虚な言葉の前に、ひとつ意味のある「行為」を置いていくこと。

それ以上に、力のあることってあるだろうか。

 

 

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で、私は、誰かにビーガンになることを勧めたいのではなくって、今いちばん問いたいのは、なんでゴミ拾いしている人たちに向かって、「極端だ」とか、冷たい言葉を浴びせる人がいるんだろう、ということ。

 

 

「畜産で従事している人の職がなくなったら、その責任を負えるんですか」とか、

「植物だって命じゃないんですか」とか…

ビーガン活動家の人のSNSを見ていたら、ビーガンの人に向かって無意味な攻撃をする人がかなりの数いることに気が付きました…。

 

 

 

そうでなくっても実は、私の父親が、モロに反・菜食主義の人なんです(笑)

だから父とはいつも言い争ってしまう…

 

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私はそういう論争に関わりたくはないし、お父さんを言葉で説得することもたぶん無理。。

私に思想があると同じだけ、それはお父さんにもあるから。

 

けれど、地球環境を良くしよう、動物たちがまっとうな命を送れる社会を作ろう、と自分一人から変わっていこうとして行動している人たちを、空虚な言葉で批判することの意味は、一体どこにあるのだろうか、って思う。

 

 

 

 

 

「極端な動物愛護だ」とか「宗教がかった思想だ」とか、「一種の流行だ」「無意味だ」って思う人もいるのかもしれない。なにせ、私もそう思ってたし。

 

 

 

 

けれど、彼らがなぜビーガンという生き方を選択しているのか、肉食をやめることで世界に及ぼす具体的な数値はどうなのか、それを知ろうとするだけでも、ビーガンについて考える「材料」が変わると思う。

 

知ったあとに、ビーガンになるのかならないのかは、その人が決めればよいこと!なのだし。

 

それだけのことなんだと思う…。

 

 

 

 

 

結論。

ビーガンは、極端な思想や宗教、押し付けなんかじゃない!それは

「こうあってほしい世界の選択」だ。

 

 

そしてそれは、誰かの生き方を批判するでもない、誰かを強制するでもない、自分ひとりが非力だからとかそういう問題でなく、限りなく、「自分自身」の問題。

そして、買い物は「投票」だっていうのは、肉食に関してはまさに当てはまることだと思うんです。。。

 

 

 

 

工業化する畜産業のもと、かわいそうな命を送る動物が生まれる世界に、「Yes」と言うのか?

 

温暖化の一因であると分かっているものに、「Yes」の意味であるところの「お金」を費やし続けますか?

 

 

 

 

その答えが「No」であったなら、じゃあ例えば、週に一度だけ、ステーキじゃなくて大豆料理を食べよう、とか、今日のカフェラテは豆乳に変更して注文してみよう、とか、そこからでいいんだ。

それはとってもシンプルなことに思える。

 

 

 

週に7票与えられた投票権の、1票だけでも、自分が望む世界の方へ投げてみること…

 

 

それって結構、というか、かなり、意味のあることだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで、おわり。

 

なんか、ビーガンを勧める記事みたいに感じられたらごめんなさいm(._.)m

でもこれが、私がビーガンについて思うことのすべてを、正直に書いたところです。

 

 

 

 

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以上、私のゆるゆるビーガン録でした!

最近はとくに、お肉や卵を避けることに苦しさを感じなくなりました。

「慣れ」や「習慣」の力は大きいなぁ、と。

 

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最後まで読んでくれてありがとうございました^_^

またブログに遊びに来てくださいね。

 

 

 

最後に、わたしの好きなお話。

 

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・**・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

 

海岸を散歩していると、

少年がヒトデを海に投げていた。

何をしているのかと尋ねると、少年は

「海に戻してやらないとヒトデが死んでしまう」

と答えた。

 

 

わたしは、

そんなことしても海岸中がヒトデだらけなんだから、

全てのヒトデを助けられないし、意味がないだろうと言うと、

少年は少し考え、またヒトデを海に投げた。

 

 

そして私に

こう言ったのだ。

 

 

「でも今投げたヒトデにとっては

意味があるでしょ」と。

 

 

  −ローレン・アイズリー

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・**・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

 

 

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ロシアのダーチャに恋をした。これぞ一歩先のライフスタイルかも!

 

 

 

一年半前…

 

日本人初の宇宙飛行士、秋山豊寛さんが、宇宙から帰ってきたあとに農業を始めたと聞いて衝撃を受け、「農業」をキーワードに人生を模索し始めた私。

 

 

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ということで県内で農業アルバイト、そして国内で5ヶ所、ヨーロッパで6ヶ所のWWOOFを経験してきたわけだが…

 

WWOOF(ウーフ)とは、お金のやりとりのないファームステイ。詳しくは

WWOOF(ウーフ)って何? 私がWWOOFを始めた理由ーきっかけは1人の宇宙飛行士ー - 雨やどりをしよう。

 

WWOOF体験記を綴った記事はこちら

WWOOF体験記〜総集編2018!〜 - 雨やどりをしよう。

【*必読*】アイルランドWWOOF体験記。「どうしたら人間は幸せになれるの?」 - 雨やどりをしよう。

フィンランドWWOOF体験記。森の中で見つけたもの。 - 雨やどりをしよう。

愛おしき、アイルランドのおとぼけ家族。 - 雨やどりをしよう。

 

 

 

いろんな経験を経て、結局、「農業」についてどう思うようになった?

まとめる時期が来たと思い、記事を書きます。

 

 

 

 

 

 

 

結論。

農業とは「生き方」である!

ロシアの「ダーチャ」式農業がめちゃくちゃステキ!!!!!

 

 

(キラーン・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*)

 

 

 

 

「ダーチャ」についての解説は後にして…

 

 

 

 

 

まず。

 

いろんな農家を見てみて分かったことは、「農業」といっても色んな形があるということ。

 

 

私は最初、「農業」といっても、「職業」としての農業しか知りませんでした。

「農業」と携わるには、まず大きな農園に就職するか、新規就農者となるかしかない…って。

大規模な農園を持ち、時に従業員を雇い、大型の機械なんかも入れたり…。

うーん、農業参入にはかなり覚悟が必要だなぁ。と。

 

 

 

しかし、国内4ヶ所目に行った愛知県でのWWOOFで、この考えは覆されました。

そこでお世話になった方は、平日にケーキ屋さんを開き、休日は農業をしていたんです。

 

主な収入はケーキ屋さんだけれど、農産物の一部は自分の店や道の駅で売ったり。つまり半分農家、半分ケーキ屋さん。

このように、比較的小規模に農業を行い、農業以外でも収入の手立てがあるのを「兼業農家」と呼ぶそうです。

 

 

 

あっ!そうなんだ!そういう農業のやり方もあるんだ!

と結構、衝撃的な発見でした。

 

 

 

すごくステキだと思いました!.。.:*☆

収入が農業だけにかかってると荷が重いけど、自分の好きな仕事もやり、農業もやってって、いいとこ取りじゃん!こういう生き方もあるんだ!

って、憧れを抱きました。

 

 

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ちなみに、農業を生活の主な収入源としているのは「専業農家」。農園自体が会社や法人である、大規模な農業です。私たちがスーパーで買う野菜も、地元産の野菜コーナーを除き、ほとんどが専業農家さんが生産したものです。

 

 

 

兼業農家」。これぞ新しい働き方だなあ!!

農業もしつつ、好きなこともする!楽しそうじゃん。オフィスだけじゃない、畑だけじゃない、変化のある働き方!

決めた!私も兼業農家になろっと!!

 

 

 

 

なんて意気込んでたのですが、色々考え、アドバイスをもらった結果…

片手間でやる農業はそうそう儲からない!

と知ることになる…

 

 

 

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と話すのは、WWOOFでお世話になった、ケーキ屋兼農家の海老原さん。

 

 

 

そうです…

今までのWWOOFでも見てきて感じたことなのですが、農業は手間暇がすごくかかっているわりには作物の値段は安く、つまり、農業は一概に“儲かる”職業とは言えないのです。

だから片手間でやる農業ではなおさら収入が期待できるわけではなく、手間や材料費などを考えると、むしろスーパーで安い野菜を買った方が安上がりということにもなってしまうのです。

 

 

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と思い始める私。

 

 

 

 

 

でもでも。。農業には必ず何かがあるはずなんだ…

宇宙飛行士が農家に転向するくらいなんだもん…

どうにかして、農業と関わっていく他の方法はないだろうか…

 

 

 

そこで私は、WWOOFを続行するべくヨーロッパに旅立つことに(2019年春)。

そしてここで、決定的な出会いをすることになった。

それは何度もこのブログで書いている通り。。アイルランドのサイモンさんの農場で過ごした日々のこと。

 

 

詳しくはこちら↓メ✨記事!!ぜひぜひ読んで!

 

 

 

 

あ、そっか。

ちがうんだ。私の求めているのは、「お金」になるとか、仕事としてどうだとか、効率だとか、そういうんじゃなかった!!

人の「生き方」そのものを探っているんだった!!

 

 

 

 

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忘れられない。

あの、採れたてのレタスの美味しさ。

農園で採れた卵とミルクを使って作った、ただのパンケーキの、あの味(何度も言うけどほんとに驚きだった。)

午後にみんなで過ごす長〜いティータイムとそのあとの音楽の演奏。

部屋の中は散らかっているけれど、ろうそくの灯りの反射する壁に、静かにレコードの音楽が溶け込む空間。

 

 

私はそこに、そのかけらが目に見えるほどにたしかな「豊かさ」や「愛」を感じた。

 

 

 

 
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そこには、自分の手で耕した土があって、採れたての野菜があって、ほんの横で育った鶏やその卵、大切に育てた牛のお肉を食べていて。

やっぱり、「農業」には何か大切なものがあるんだと確信しました。自分の食べるものとのこの距離感。とてもたしかな、「生きている」ことの実感…。

 

 

 

 

やっぱり、私は農業と何らかの形で関わっていきたいなあ。

それは、効率やお金で語られない、“生き方”としての農業。

専業農家兼業農家?難しく考えないで、なんかもっと、「農業」との、新しい関わり方はないだろうか…

 

 

 

そこで、「農業×ライフスタイル」をキーワードに色々調べて行った結果辿り着いたのは…

ロシアの「ダーチャ」でした!!!

 

 

 

 

「ダーチャ」とは…?

(以下、文献『ダーチャですごす緑の週末』(豊田菜穂子・著(2013))より引用、改略して載せます。)

 

ダーチャですごす緑の週末

 

 

ロシアではちょっと郊外に行くともう豊かな自然が広がっている。そこに設けられているのが「ダーチャ」。ダーチャとはいわば「家庭菜園のある郊外の家」のこと。

ロシアでは都市部で一戸建てに住むなんて選択肢は最初からなく、多くの都市生活者は、週末や夏休みになると家族そろってダーチャに繰り出し、菜園で野菜づくりに精を出すという。

 

 

なるほど、ロシア人はダーチャを通して、「街」と「農村」を行ったり来たりする生活をしているみたい。

 

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ダーチャの規模たるや、およそ家庭菜園の域を超えている。

一般的なダーチャの土地面積は、一区画600㎡。日本式にいえば約180坪!そこに畑を作り、夏じゅう働いて作物を収穫し、長い冬に備えて食材を確保する。さほど家族が多くなければ、冬じゅう買い足さなくても済むほどの収穫が期待できる。

 

週末が近づくと、ロシア人は気もそぞろ。ダーチャに行こう!ダーチャの時間だ!

金曜日の夕方、都市から郊外へと伸びる幹線道路は「ダーチャ渋滞」で受け尽くされる。

 

モスクワ市民1,000万人のダーチャ保有率は、一説によればなんと75%!

2003年のデータによると、国内3400万世帯の8割が菜園を持つか農業の副業経営を行い、ロシアのジャガイモ生産量の92%をまかなうという。

これはつまり、ロシア人10世帯のうち8世帯が素人農業に勤しんでいるということ。

 

 

 

へえ!ロシア人はナチュラルにみんな兼業農家なんだ!そしてそれを実現するダーチャという場…

 

 

 

そして面白いのが、ダーチャでは色んなものが「手づくり」だということ。

彼らはそこダーチャで野菜を栽培するだけでなく、ダーチャの「お家」自体も手作りで作っちゃったりするんですって!

 

 

ロシアで見つけた、『私たちの家』というペラペラな本。どうやら、ダーチャに建てる家づくりの本らしい。ページ数たったの32ページ。ダーチャに建てる家なら、そこまで本格的なものである必要はないのだから、お茶の子さいさいということか…。

家を作るほどだから、彼らにとってちょっとした日曜大工はお手のもの。「今日はペンキの塗り替えをした」だの、「今日はテラスを改築する」だの「バーニャ(ロシア風サウナ)を建ててひと汗かいた」だの…。ロシア人はダーチャで、職人はだしの技術を日々これ磨いているのである。

 

「ロシア人とダーチャは切り離せないものです。ダーチャ暮らしは自給自足のためだけでなく、彼らの楽しみでもあります。

 

 

食糧生産のため、とか休日のレジャーのため、とかじゃなくて、 もっと精神的なもののためにあるんだ。

ダーチャ。

そういう「農業」のあり方…

「暮らし」のあり方…

 

 

 

なんか、私が求めているものに近いかもしれない。

 

 

 

 

食べものを「自給」する力、という観点から見ても、ダーチャはロシア人を支える強い力になっているみたいです。こんな記事を見つけました。

 

 

ロシア人1人当たりの国内総生産GDP)は約140万円。所得という物差しからすれば日本の30%程度で、とても「豊かな国」とは言い難い。

ただ、有事の際はどうだろう。もし世界的な気候変動や国際関係悪化などで食料輸入に支障が出たら…。ロシアの場合、1985年以降、何度も経済危機に見舞われたにもかかわらず、餓死者が出なかった。

それは国内3400万世帯の8割がダーチャなどの菜園を持ち、ジャガイモの国内生産の9割、野菜の8割を自給していたからといわれる。

広々とした大地で大規模な農業が繰り広げられる一方で、食料を自給する能力を持つ市民たち。

「ダーチャで体に悪いものを使って食べ物を作る人はいませんよ」。

農薬の使用について尋ねたときのエレナさんの反応に、経済成長だけでは得られない強さ、豊かさの尺度について、あらためて考えさせられた。

 

ロシアの自家菜園を訪ねて 1年分の食料 自給自足 野菜、果物…兼業農家並み|【西日本新聞ニュース】より

 

 

 

 

 

「豊かさ」、かぁ。。。。

 

ちなみに、日本は、農薬の使用の制限がとーってもゆるくて、外国で使用が禁止された農薬もバンバン使っちゃってる、いわば「農薬大国」なんですって。

次世代には使える土が無くなるなんて可能性もあって、これは実はとっても恐ろしい事実。他人事じゃないんです。

そんな背景もあって、以前紹介したサキさんご夫婦は、大豆の無農薬栽培に取り組んでいます。

サキさんについての記事はこちら↓

結婚したら、子どもができたら、大人になったら…夢を諦めなきゃいけないと思ってた。 - 雨やどりをしよう。

 

 

たとえば、こういう農薬の事実を知らない私でも、自分で農作物を作るようになったら、日本の「農業」にも無関心ではいられなくなるはずですよね。。

でも、あまりにも生産と食卓が離れているという現状…

 

 

 

地球温暖化。過剰な消費型の生活スタイル。なんだか忙しない社会の雰囲気。。。

経済で語られるものだけが果たしてほんとうの「豊かさ」?

なーんて議論は山のようにされているのだけれど…

 

 

現代の私たちに必要なのは、とにかく「ごく普通の生活」と「それを味わう時間」でしかないと、私は思う。

だって、アイルランドで過ごした時間が、あんなにも幸せだったから。。

 

 

 

 

そして、やっぱりそこにあるのはビニールの包み紙じゃなくて土の匂いのする野菜。好きな花の咲く風景。ゆっくり流れる時間。そして緑と、「庭」があるんじゃないかなあ。ダーチャみたいに。。

 

 

 

理想を語ればステキに思えるけど、第一、そんな庭を作ったって、お金にはならないよ。そんなDIY遊びににかける時間がどこにある?野菜だって、時間や手間をかけたって結局買ってきた方が安いんだし!

 

そーなんですよね(T_T)それは。もう。

 

 

 

 

 

 

でもでも。

 

 

「豊かさ」を叶えるために「お金」が必要で、「お金」を稼ぐのに「時間」が必要。

なら…

「お金」を介さずに「豊かさ」を手に入れることから始めてもいいんじゃないの?

なーんて思うけど…まあ、正直、分かんない。

 

 

「お金」に換算できない「豊かさ」。

そこでは、「時間」を「お金」に代えなくたって、「時間」そのものが「豊かさ」で、そうなってくると、ほんとうに価値のあるものに「時間」をかけることにためらいなんて生まれるはずはないよなぁ…

 

 

なにもかもが「効率」で語られない世界。

そこに、「ダーチャ」的な生き方がしっくりくる気がする。

 

 

 

『ダーチャですごす緑の週末』(豊田菜穂子)より…

ダーチャ、そこは、ロシア人にとって特別な思い入れのある“地上の楽園”なのだという。

木漏れ日の射す白樺林や、見渡す限りの緑の草原。

女たちは台所でピクルスを作り、男たちは薪を割ってバーベキューの支度をする。

野外のテーブルに並ぶのは、採れたて野菜のサラダや香草を散らした実だくさんのスープ。

手づくりの木イチゴのジャムや洋梨のコンポート。

夜になれば大きな空に無数の星がまたたく。

 

ダーチャ精神の反意語のひとつは「タイム・イズ・マネー」だ。一分一秒を惜しんでせかせか働き、時間を節約するためにお金を使うなんてもってのほか。

お金を節約するために時間を使い、悠長に働こう。

モノを自分の手でつくる。使えるものはとことん使う。壊れたら直す…。こうした行為を「面倒」と思わず、「楽しい」と思うのがダーチニキ。時には失敗もあるだろうし、ひょっとしたら買った方が安い場合だってあるだろう。

でもロシア人は手間暇かけることに意味があると考える。

手間暇かけることでしか手に入らないもの。それは例えば、安心して食べられる野菜、創意工夫する楽しさ、体を使ったあとの清々しさ、手に技を持つこと、そして何よりも達成感…。

「生産」の喜びを知らずして「消費」の快感に浸るなかれ。

ダーチャ暮らしはそう教えてくれる。

 

 

 

細かいことは分かんないけど…

 

ダーチャ、めっちゃカッコよくないですか!!!!

 

 

 

 

 

 

ということで。

 

 

新しい目標が見つかりました!

わたし、ダーチャ始めます!!

 

といっても私は大きな畑を持っているわけではありませんが…

本にこう書いてあったのが目に入ったんです。

 

 

『ダーチャですごす緑の週末』(豊田菜穂子)より

私たちがダーチャ暮らしに魅力を感じるのは、郊外に土地を持つという所有欲をそそられるからではなく、自然や土と親しみ、野菜やモノを作り、自分の潜在能力を試してみることに惹かれるからではないか。だとしたら、ダーチャという「形」にこだわることにはあまり意味がない。

肝心なのは“ダーチャの心”。日本でも数十年前まで当たり前のようにしてきた「生きるための基本的努力」を、暮らしの中でほんの少しでも意識を持って、そして楽しく試みたいと思うのだ。

 

 

そっか、肝心なのはダーチャの心。

それに幸い、私は都会に住んでるわけじゃないので、今住んでる実家に小さな庭ならある。

なにも畑を借りて耕さなくったっていいわけだし、自分の家をダーチャにしちゃえばいいんじゃない?と思い立つ。

ダーチャが生き方そのものなら…それが小さな庭から始まってもいいはず。

田舎でなくったって、農業と関わる生活は叶えられるはず。

 

たとえばこんな街の風景。ひとりひとりがちょっとしたダーチャを作ってる未来。

 

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(ふむ。なんか、一周回って最先端だなあ。)

 

たとえば、日本人が、総国民 兼業農家!みたいなのって超カッコよくないですか(笑)

自給率爆上がり!ほんとの意味でひとりひとりが「生きる力」を持つ民族、なーんて…

 

 

 

 

まあ、でも、

農業に関しては、ほんっっとド素人の私…

花さえ枯らしちゃうことがあるし、今も絶賛バジルの株分けに失敗中なのですが。。

なんか、理想だけはあるし、とにかく、持続可能な生活スタイルを見つけ出したい。もっともっと、リラックスして、ひとつひとつの命が当たり前に幸せな世界を実現したい。。。

んー、まあ、大きなことを言ったって始まらないので、まずは自分が楽しむことから始めようかな。

 

 

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てことで。

どうなるかは分かりませんが、応援してください(笑)

 

 

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

 

最後まで読んでくれてありがとうございました!

またブログに遊びに来て下さい^_^

 

 

 

 

最後に好きな言葉。

 

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

 

ああ諸君はいま この颯爽たる諸君の未来圏から吹いて来る 透明な風を感じないのか

     

 ー宮沢賢治『生徒諸君に寄せる』より

 

 

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

 

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好きなものノートのススメ。それは、いつでも帰ってこれる場所。

 

 

 

 

 

 

 

大学時代の私を支えてくれたのは、「好きなものノート」の存在。

 

 

大学生の時の私はどちらかというと自己否定感が強く、自信がなかった。

それでいて取り柄もなかったし、趣味も夢もほとんどなかった。

なあなあに流されてきた人生だったし。

まあそれでも生きてこれたし。

 

 

 

 

そんな中でふと、「自分のことは自分で選べる」と気付いて、自分の人生の舵を握り直すべく自分と向き合い始めたのだが、そのとき華麗にぶち当たったのは、「では自分は何者なのか」ということ。

「自分は何が好きで、何をしたいのか。」

 

 

 

 

はて…?

 

 

 

 

自分が何を好きで、何に幸せを感じるのか…

わたしはそれすら分からないということに気が付きました。

 

将来の進路を決めるにしろ何にしろ、このままだと、何も選べないし、どこにも進めない…。

 

この広大な人生という場で、何を目印にしたらいいの…?

 

 

 

 

 

ということで作ったのが「好きなものノート」!

 

 

 

 

使い方は簡単。

好きなものをひとつずつ書いていくだけ。

ほんとうにシンプルだし、たかがノート。落書きみたいなものだけど。

私はこのノートのおかげで、成長し、自分と向き合い、「好き」とか「幸せ」の認識をはっきりさせることができた。

 

 

 

 

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最初、私は「将来の仕事」を決める手がかりとして「好きなもの」を考えていた。

でもそこから出てくる「好きなもの」って、どこか計算高さがあって、心のままではないと気付いた。

第一、書く手がすぐに止まってしまったし(笑)

 

 

(なんか急に ど恥ずかしくなって画像ボカしたよ笑)

 

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和菓子

イラスト

森林

タイ語

(まあ、好きなものではあるんだけど…なんか違うんだよなあ。

 

 

 

だから私は、それが仕事につながるとか、人に認められるかとか、そういう忖度は一切なしに「好きなもの」を書いていくことに決めました。

 

 

難しいことでなくていい、立派なことでなくていい。

ただぼんやりと、そしてそのままでも、ふわっと幸せを感じれる何か。

 

ただただ、「心地いいもの」。

 

 

 

 

それをひとつひとつ、書いていく。

 

 

ぽつり、ぽつりと…

 

 

 

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ドーナツ

楽ちんな服

チャーミングな笑顔

サーティワンのアイス

ちんちょうげの花の匂い

リュック

 

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(ふむふむ、こんなに小さいことだけど、立派な「すきなこと」だ)

 

 

 

 

 

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かしわもちの匂い

ポニーテール

映画の予告

だれかと夜おしゃべりすること

 

「好きなもの」ってすっごく心地のいいこと。。

 

 

 

書けば書くほど慣れてきて、自分の「好き」や「幸せ」が敏感に感じられるようになりました。

 

 

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おしゃれなピアス

夜、目が覚めると雨のとき

ハッピーな選択

めくるといい音のする本

 

「大切なのは、自分のしたいことを自分で知ってることだよ。」–スナフキン

 

 

 

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かわいい傘。

古い椅子。

銭湯の匂い。

 

「幸福のヒケツは3つの期待とゼロの心配」−スヌーピー

「いつだってあなたはそれを持ってる。あなたにはいつだって力があるのよ。」−オズの魔法使い

 

夜の月明かり

ピアノの音

 

 

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びんに差した花

白いロードバイク

「星がきれいなのは、どこかに花が咲いているから。」–星の王子さま

「わたしたちは、氷砂糖をほしいくらい持たないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃色の美しい朝の日光をのむことができます。」−宮沢賢治

「なんて青いんだろう。まっすぐに進もうよ。波にゆられて眠るだけで、どこにも行き着かなくったっていいじゃないか。」−ムーミン・ヨクサル

「人生は我々にとってどんなに科学が発達しようと、とても単純なものなんだよ。」−アミ小さな宇宙人

 

 

 

 

ああ、なんてほっとする世界観…。

 

 

このノートに書いているとき、私は、ほんとうに幸せな気持ちだった。

大好きなものばかり集め、自分にとっての心地よさをたしかめる時間。

 

世界には、大好きなもので溢れている。

 

 

 

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ノートが少しずつ埋まり始めたとき、

 

それは「わたしが生きたい世界」の世界観そのものだと気がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

日々生きてると、苦しい価値観や言葉に出会うことがありませんか?

 

 

 

 

それは誰かのそれとない言葉だったり、ニュースやSNSで、ふと目にした映像。

ずっと自分が思い込んで来た「社会の当たり前」だったり。

 

 

その度に自分の「信じてること」「思い描くこと」、「心地のいい価値観」が揺らいでしまう。

 

 

 

 

 

こういうことがしたいけど、叶うはずない。

こういう世界に住みたいけど、ありえない。

こういう物に囲まれて暮らしたいけど、現実的とは思えない…

 

苦しい。不安だ。先行きが見えないし、自分の選択にも自信が持てない…

だって現実は厳しいでしょう?

甘くないでしょ?

思い通りになんかならないでしょう?

 

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「夢」と「現実」のすり合わせ。

それは往々にして、わくわくした気持ちを萎えさせるもので…

 

 

 

分からない。

世界の「ほんとう」がどこにあるのか分からなくなる。

 

 

 

 

 

 

そんなとき。

このノートを持ち出して、または思い出して、わたしは

 

 

「こっちが世界の本当の姿だ。」

 

 

 

って心の中で強く断言しました

 

 

 

 

「…不安なことや、怖い価値観は世の中にいっぱいある。でも、ぜんぶぜんぶ大丈夫。だってほんとの世界はこっちだから。」

 

 

「こっちが世界の本当の姿だから。」

 

 

 

 

 

 

って、「好きなものノート」のことを思い出す。自分の信じる方に、そっちを選ぶ。

それだけで、気分がすっと楽になって、自分の軸はぴたっと戻る気がしました。

 

 

 

 

 

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 なーんだ、自分の「心地いい」ほう。

そっちを信じればいいだけのことなんだ。

 

 

 

 

 

 

自分の好きなこと、生きたい姿、忘れかけた時には「好きなものノート」を作ってみてはいかがでしょうか。

自分の「好きなものノート」。

 

 

 

それは、いつでも帰ってこれる場所。

 

 

 

 

それこそ、自分の軸というか、自信というか、自分の“核”となるものというか…

 

「世界に対する信頼」。

 

 

 

好きなものノートはそれそのものだと思う。

 

だいすきなせかい。

 

 

 

 

 

 

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

 

最後まで読んでくれてありがとうございました!

またブログに遊びに来て下さい^_^

 

 

 

最後に、私が何度も元気をもらった、大好きな詩をご紹介。

 

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

 

 

「もしも人生をやり直せたら」

 

今度は思い切ってもっと多くの失敗をしてみよう。

リラックスして、もっとしなやかになろう。

この人生での私よりもっとおバカさんになろう。

ものごとをシリアスにとることはより少なくしよう。

より多くのチャンスととらえよう。

 

もっとたくさんの山に登り、もっとたくさんの川で泳ごう。

私は寒暖計や湯たんぽや

レインコートやパラシュートなしでは

どこにも行けないタイプだけど

もしもやり直せたらもっと身軽に旅をしよう。

春はより早く裸足になり

秋はより遅くまでそのままでいよう。

もっと踊って

もっとメリー・ゴーランドに乗って

もっとたくさんのデイジーを摘もう

 

          ーpoem_ナディーヌ・ステア

 

 

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

 

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『天気の子』は「命」を肯定する映画。台風の夜、私はあの映画に救われた。

 

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台風19号の襲来、それに相次ぐ大雨による被害…

最近、天気が変ですね。皆さまご無事だったでしょうか。

 

 

私の住居に被害はなかったものの、その代わり最近は、なんだか何にも手がつかない日が続いていました。

 

 

 

やる気が起きなくて眠気ばかりする。

何に対しても希望が持てない。

鬱々うつうつ。

先の人生のことまで延びていく、この「不安」はなんだろう…

 

 

この気だるさは、地球に対する不安。。“絶望”に似たものでした。

 

 

 

夏の猛暑、大規模森林火災…

最近の変な天気に温暖化が関係していることは間違いなくて、世界はやっぱり、いま、とても変わってきている。

私たちのすみかは将来、どうなってしまうの?

 

 

 

ぐるぐるぐるぐる、いろんな不安を混ぜ合わせて、ぐるぐる。

取り越し苦労で、ひとりで勝手に疲れている。

よくない兆候。そんなネガティブになったって、状況は何も変わらないのにね。

 

 

 

 

 

そんな私をふとした瞬間に救ってくれたのは、新海誠監督の最新作、映画『天気の子』でした。

 

映画に救われた、なんてすごい陳腐なかんじだけど(笑)

でもほんとのこと。

 

 

 

 

 

新海誠監督の最新作、映画『天気の子』

みなさんはもう見ましたか?

 

前作『君の名は。』と違って、賛否が大きく別れた映画だったそう。

この記事では、映画『天気の子』について私の独自の解釈とともに、感想を書きます。

 

 

 

 

 

 

 

映画『天気の子』あらすじ

 

 

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舞台は、雨の東京。

異常気象で大雨が降る日が続いていた。

 

 

 

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主人公は、東京へと家出してきた少年・帆高。東京で、弟と二人暮らしをしている少女・陽菜に出会う。

彼女は、天に祈れば天気を晴れにすることができる、「晴れ女」の力を持っていた。

 

 

 

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貧しい生活を強いられていた彼らは、あるとき一緒にビジネスを始める。

「天気を晴れにしてほしい。」と依頼のあった場所を晴れにする、「晴れ女」の能力を使ったビジネス。

 

私、好きだな、この仕事
晴れ女の仕事
私ね、自分の役割みたいなものが
やっとわかった

 

仕事は順調。しかし雨が続く東京で、陽菜の身体にはある異変が起きていた。

 

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陽菜の身体が、なぜか徐々に消えつつあったのだ。

 

自然を左右する行為には、必ず重い代償が伴います。

お嬢さん、何かわかる?

天候系の力はね、使いすぎると神隠しに合ってしまうと言われているの!

 

天気を晴れにする力は、それは同時に彼女の命を代償とする行為だった。

 

 

 

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帆高はさ、この雨が止んで欲しいと思う?

 

もう二度と晴れなくたっていい
青空よりも俺は陽菜がいい
天気なんか狂ったままでいいんだ!

 

2人は世界を晴れにする能力を捨て、陽菜が生き延びる結末を選ぶ。

世界の平和を投げ捨ててでも、彼女の“命”を守ることを選んだ。

 

 

※ストーリーの拾い方が、か〜なり粗いです。どうぞご了承を(笑)

 

 

 

 

 

この映画の解釈は人によって違うと思いますが、私は、

 

 

雨=社会に存在する「悪」

 

とみなしました。

それは現実世界において何に相当するか。解釈は様々だと思いますが、私はそれは

「環境問題」だと解釈してみました。

 

 

 

奇しくも、あの映画の象徴であるべき“豪雨”は、映画公開後、現実に何度ともなく現れました。あれは間違いなく「地球温暖化」がもたらした災害で…

 

 

 

「悪」にどう立ち向かうか。

「環境問題」にどう向き合うか。

陽菜があの空に祈ったように、私たちはこの社会にどうやって「祈り」を捧げよう。

私たちにできることは何だろう。

 

 

愛にできることはまだあるかい
僕にできることはまだあるかい

ー主題歌「愛にできることはまだあるかい(RADWIMPS)」より

 

 

主題歌のその強い言葉から、考えさせられました。

 

 

 

 

 

 

それで、よくよく考えてみたんです、何ができるだろうって。

でも…

 

大雨や温暖化…それら環境問題の元凶とは、そもそも私たちの生きる文明社会であるんですよね…(-。-;

 

 

 

 

エネルギーの過剰使用に資源の大量消費…

森林伐採に、都市化、産業の工業化…

 

 

 

あれ…?

私たちの敵って、元を辿れば、「私たち自身」?

 

 

 

大量消費社会にどっぷり染まった私は、温暖化問題について知れば知るほど、私たちの社会の方向性の“間違い”に気づくことになりました。

私たちの「生き方」や「生き様」ごと否定することになりました。。

 

 

 

 

 

深刻に考え過ぎなのかもしれません…

でも、大型の台風が近づいてきて、日本の天気がいよいよ変化していることを、世界が変わってきてしまっていることを感じて、同時に私たちは「改変」を強いられていて、その自己否定にも似た感覚に私は勝手に気疲れしてしまいました。

 

 

 

 

それが最近の気だるさの原因。

 

 

 

ああ、「生きてること」自体が、まるで「悪」の根源みたい。。って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…そんな時にふと思い出したのが、『天気の子』のあるセリフ。

 

 

世界なんてさ、どうせもともと狂ってんだから

 

 

 

 

 

あれ?そっか…

そう言われてみると…

 

温暖化問題は、私たち今の世代の人間が向き合わなければいけない課題ではあることは間違いないのだけれど、一方で、

私たちが生まれた時点で、社会はすでに環境問題に向き合わなければいけない状態にあったんです。

 

1970年代には温暖化問題が叫ばれ始めていたのですから。

 

 

ならば私たちだけが「悪」じゃない。はず。

 

 

 

俺たちは別になにもしていない。

なにも決めていない。

なにも選んでいない。

それでもこのまま逃げ切れるわけはない。

世界はいつか決定的に変わってしまうだろうと誰もが予感していて、誰もがずっと、知らないふりをしていたのだ。

 

 

なーんていうセリフも映画の中に出てきたり。

 

 

 

 

 

先人たちに責任を押し付けるわけではありませんが、私たちはある意味、ネイティブに温暖化社会に生まれ落ちた者なんですよね。

 

 

 

自分たちの「生き方」に、なにか悪いものが含まれてるって、私たちは選んでない!

私たちの「生きてること」を、否定なんてしたくない!

 

 

 

生まれてこれたことは本来それだけで祝福すべきことで、生きてることは嬉しいことのはずなんだから!

 

 

 

ならば私たちは、世界に祈りを捧げ続けるよ。

 

「生まれてきて正解だ」って、誰か言ってよ。「生きることは嬉しいことだ」って、何が証明してくれる?

 

 

 

 

 

 

 

それに答えを与えてくれたのが、まさしくこの映画でした。

 

 

ヒロインの陽菜はまだ10代。生まれながらに不安定な社会に生きていて、天気に、社会の厳しさに揉まれながらも彼女は、世界が良くなるようにと人知れず「祈り」を捧げていた。だれも気づかないところでみんなを救っていた。

 

 

勇気や希望や 絆とかの魔法
使い道もなく オトナは眼を背ける


世界が背中を 向けてもまだなお
立ち向かう君が 今もここにいる


愛にできることはまだあるかい
僕にできることはまだあるかい

 

RADWIMPS「愛にできることはまだあるかい」より(一部略)

 

映画の主題歌も、彼女の生き様を歌っています。

 

 

 

 

 

土砂降りの世界に「祈り」を捧げ続けてき陽菜。

彼女の行為はどのようにして報われたかというと…

 

 

彼女自身が、最後には、世界の幸福よりも自分が「生きる」ことを選んだ。

 

 

結局世界は、最後に良くなることはなかったんです。

 

 

 

 

でもこれこそが、何物よりも彼女の「命」を肯定したもので、この映画最大のメッセージであるとも思います。

 

 

それはある意味、自分本位な選択に思われるかもしれない。

でも、 私はとても嬉しかったんです。

 

 

 

 

ああ、そっか。

 

 

 

 

 

私たちは、何があっても、どんな社会に生きてても、一番最後には、自分の命をいちばん大切にしてもいいんだって。

 

 

 

 

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それはすごく、“生きること”自体を肯定することで、命そのものへの祝福のような。。

とてもとても強いメッセージ。。

 

 

 

だから台風の夜、そして温暖化問題が叫ばれる今日、私はあの映画をふと思い出して、心が救われたんです。

 

 

 

 

 

 

夏の酷暑も、台風も怖い。

地球の未来が見えなくて怖い。

そうでなくたって不安の対象なら他にもたくさんある。経済不安、労働問題、お金、子育て、老後のこと…

いっぱいいっぱい。数えきれない。

 

 

だけれども、

そっか。

 

 

 

 

社会に渦巻く不安感、それらは決して、何物も、私たちのを否定するものであってはいけないんだ。

 

 

 

 

 

私たちは、何があっても自分の命を大切にしていい。

自分の命を、生きてることを、一番に肯定していい。

 

 

ならば、どんな時代にあろうと、やっぱり生きてることは嬉しいことなんだ

素晴らしいことなんだ。

ポジティブなことなんだ!

私たちは、どんな時代にでも、喜びとともに生きてていい!!

 

 

そう思えました。

 

 

 

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あの夏、あの空の絵で、僕は選んだんだ。青空よりも陽菜さんを。

大勢のしあわせよりも陽菜さんの命を。

そして僕たちは願ったんだ。

世界がどんなかたちだろうとそんなことは関係なく、ただ、ともに生きていくことを。

 

という、映画のクライマックスのシーンの帆高くんのセリフ。

 

 

 

 

そういうことなんだと思います。

私たち、先は見えない。世界がどう変わっていくのか。

でも、どんな世界においても、ただ、生きていこう。

どんな時にも一番最後に残る、自分の命だけは手放さないで、生きていることを一番に肯定していこう。

 

 

 

 

こんなにも「生きること」そのものをストレートに肯定してくれる映画には、私は初めて出会ったような気がします。

 

 

それはとてもとても強いメッセージで…

 

 

 

 

この時代、この季節に、この映画に出会えたことを、私はずっと覚えていると思う。

 

 

 

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

 

 

 

 

 

 

最後まで読んでくれてありがとうございました!

またブログに遊びに来て下さい^_^

 

 

 

最後に、『天気の子』より。

 

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

神様、お願いです。

これ以上僕たちになにも足さず、僕たちからなにも引かないでください。

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

 

ああ、なんて美しいセリフ。。

 

 

 

 

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豊かさ=お金って本当?

 

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いろいろ考えた。

 

就活せずに大学を卒業し、人間の幸せについて考え、ヨーロッパに行き、人々の生活を見て、環境問題について考えた。

 

お金の意味を考えて、人はどう生きればいいかを考えて、正しいこと、楽しいこと、幸せであることを考えた。

 

私たちはどう生きていくべきだろう。

 

 

 

今までいろいろ考えて、近ごろ、ぜ〜〜〜んぶの思考がおんなじところ終着した。

究極の結論。

 

 

 

わたしたちはお金を使わずに幸せにならなければいけない時代が来たのかもしれない。

 

 

 

 

幸せに生きたい。

そんなの当たり前。

生きるのにはお金が必要。

そんなの、あったり前!!

 

生きていくにはお金を使わなければいけなくて、私たちが生きる上で避けては通れないのは、「お金を稼ぐ」ということ。

 

「幸せ=お金」とは思ってないけれど、お金は幸せの必要最低条件だ。

 

お金が無ければ、何もできないじゃん。どこにもいけないじゃん。何も食べられないじゃん。

 

 

 

 

ということで、「幸せに生きる」一歩として、じゃあまずお金を稼ごうよ。お金を稼ぐ術を身につけようよ。

まずは働かなきゃね。仕事を見つけよう。

働いて→お金を稼いで→目指すは「幸せ」。

 

それは今の社会では誰もが逃れられない約束で、私も大学卒業後、生活のため、旅行の資金のために色んなアルバイトをしてきた。

 

 

カフェ

カレー屋さん

旅館

りんご農園

プリンターの修理工場

ホテル

在宅のライティング…

 

 

 

でも、働くことってたいがいが我慢だった。

まして特別な技能を持ち合わせていない私にとって、働くこととは時間とお金を交換することで、

私は幸せとはいえなかった。となると…

 

 

 

不幸せ→お金→幸せ

 

 

あれ?これが幸せの化学式?

へーんなの。

おかしいな。

なにかが変だな。

 

 

 

 

ということで、「我慢」でないこと、「好きなこと」でお金を稼げたらいいなあと色々挑戦もしてきたのですが、最近になって、「ちょっと待てよ」と思うようになった。

つまり、幸せとお金の関係性について。

そもそも、お金と幸せって、必ずしもセットで考えなきゃいけないものなのか?!と。。。

 

 

 

いや、お金は大事だって知ってるし、今でもそのことに異論はないんだけれど、ちょっと私の話を聞いてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

これは、去年の冬のこと。

私はある旅館で住み込みで働いていた。

 

その旅館は一泊2〜3万円ほどする、いわゆる高級旅館で、おもてなし、料理、温泉、すべてがハイクオリティな素晴らしい旅館だった。

 

仲居さん、料理人、フロント係にお掃除さん…

本当に多くの人が働いていて、そんな人たち総出で最高のおもてなしを作り出す。

 

 

フロントで働いていた私は、お客様の出す、高額の宿泊料金を手にする度に、「ああ、ここではすごくお金が動いている…」としみじみと思ったものです。

 

 

 

お金の動く場所。

労働機会の生まれるところ。

そんなものを直に体験した気がした。

 

 

 

しかし…

これは去年の元旦のこと。その旅館の最繁忙期は年末年始であり、その日は絶賛・満室、スタッフ総動員で超・バタバタ騒ぎだった!

 

 

 

私も、フロント業務が終わると夜は厨房でお皿洗い。

仲良さんが下膳してくるお皿から、残飯を捨てて食器を洗う。

その日はお正月の特別メニューのため、大きな鯛の塩焼きがメインディッシュとして出されていた。その鯛はもちろん残飯として返されてくるのだが…

 

 

ほとんど鯛まるまる一匹!

 

 

 

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…あれ?なにこれ?

食べきれないほどの料理を提供するのがおもてなしの一種だって分かるけど、鯛の死体が山のように積まれるこれは、一体なんなんだ?

 

 

 

 

 

そして翌日。午前中のお掃除がひと段落してみんなでお昼ご飯を食べているとき。

女将さんとお掃除のリーダーの田中さんが現れた。田中さんはなぜか泣いている。

 

 

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話を聞くとその日、田中さんは、いつものメンバーではとても終わらない数の部屋数を掃除しなければいけなくて、必死でみんなを取りまとめていた。

しかしみんなに疲れと不満は溜まっていて、メンバーの数人が思わず田中さんの悪口を言っていたところを、偶然本人にも聞こえてしまっていたらしいのだ。

 

いじめとかそういうものが普段あったわけではない。

ただその日は、みんなが忙しすぎて、少しずつ心の余裕がなくって、それが溜まった結果だった。

 

 

 

 

ギスギス。

みんながストレス。

ヘトヘトになって作り出すおもてなし。

 

 

ここで何が起こっているか。

ヘトヘトになりながら、こなしきれないほど多くの部屋を掃除し、お皿を下げ、かたやそのおもてなしの結果として次々にザルに捨てられていく、鯛の山。

一連の行動が生み出す“お金の流れ”。

だれかのストレスと涙が生み出す経済活動。

何かが失われることで回るお金。

一体何が起こっているのか。

私はその構図を思い出すと、今でも腹が立ってくる。

 

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この違和感を感じたのは、この旅館で働いているときに限らなかった。

 

カレー屋さんやカフェでは大量のゴミと残飯が出ていた。

大量の温水や洗剤が使用されていた。

持ち帰りメニューを注文される度に消費されるプラスチックのカップ、スプーン。

ホテルで働いていたとき、朝のバイキング後に見た残飯処理の光景なんて、悲惨そのものだった。

そもそも、お客さんも働きに来る人も、そこに来るまでにガソリンを使って移動してきているのだから、もろに資源が失われているよね。

 

 

 

つまり、私が多く目にした経済活動の現場では、お金が消費される時、失われるものはお金だけじゃなかった。

同時にほかの何かが損なわれていた。

 

 

(私は誰のことも批判しているのではないけれど、お金を回すために何かが失われるこの事実に驚いている!

お金は循環するのにね。とってもへんだ。)

 

 

 

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…あれ?

そしたら、お金をたくさん稼いで消費することで得られる幸せって、大きなスケールで見たとき、社会にとってマイナスになってない?

だって、

 

我慢してお金を稼いで(−)

お金を使って幸せを得る(+)

その時、環境や資源が損なわれる(−)

 

 

 

…いや、やばいでしょ笑

 

 

これが、経済活動の構造?豊かさとは果たして本当に、お金がたくさん動くこと?

たぶん、何かがすごく間違っている。

私は、こんなのが、豊かさの正しい形とは思えない。

 

 

 

働くことがイコール経済活動に加担することならば、誰もが週に最低限の日数だけ働いて最低限のお金を得て細々暮らして、あとは家でじっとしていた方が地球に、人に優しくないか?

極端な話(笑)

 

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でも実は真剣にそのことを考え始めてる私がいる。

 

 

 

 

 

つまり、何かを犠牲とせずに幸せを得る方法はあるの?ということ。

(私は定職に就いていないので、なおさらお金を使えないって面もありますが笑)

 

 

消費税はいよいよ10%になったのも、私の思考に拍車をかけている。

ほら、100円の幸せを得るために110円が必要ななんだって。

ふーん。

 

 

そして環境問題。

持続可能な暮らしをしていくのにはco2の排出削減はじめ、資源を消費しないことが第一前提なのに、消費することでしか経済活動ができないのが今の社会。

(…わお、もんのすっごい、強烈に、矛盾している。)

 

 

 

環境問題が叫ばれるようになったことにより、今の社会の大きな矛盾と不都合が浮き彫りになっている気がするけれど、

きっと誰もが抱える、「何かがおかしい」ってこの感覚のほとんどが、辿ってみれば行きすぎた資本主義社会に原因があるのだろうなあ。。

 

 

 

経済を回すことが国が豊かにすること?人々を幸せにすること?

とーんでもない!

人が一人一人幸せであるには、一人一人がまず幸せであることが大切でしょう。当たり前だけど。

 

 

 

 

 

その原点に帰って、じゃあ、社会のシステムが変わるのを待つ前に、私が今すぐにできることはなんだろう?って考え始めた。

 

シンプルな話、まずはお金を使わずに得られる幸せに、どれだけ敏感になれるかということ

なんだと思うけど…

 

 

それにはどうしたらいいかな?

私にもよく分からない。

それが私がこれから追及していく課題の一つなんだと思う。

 

 

 

 

 

でも実はそのヒントは、今年4月に行ったアイルランドでのファームステイ体験がすでに握っていると感じている。

 

(…私にとっては。)

 

 

過去のブログでも書いている通り、あの家での経験はものすごいものだった。

 

(詳しくはこちらの記事より↓)

 

 

 

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そこでは、流れている時間が違った。

愛の総量が違った。

生きている喜びそのものの質が違った。

 

 

なーんだ。こんなにシンプルなことでよかったんだ。

いろんなものの解決策が。

生きることが。

「幸せ」が。

 

って、すごく嬉しかった。

 

 

 

うーん。そっか。

たとえば風の匂い。人との語らい。

一輪の花を刺したコップの、水に光が反射するところ。

できるだけ物を買わないで、今あるものを大切に使うこと。

夢を持つこと。想像すること。

リラックスして生きること。

生きてることそのものが嬉しいということ。

そういうことなのかな。

 

 

具体的には分からない。

でもそれは、“質素”な生活なんかじゃなくて、“退化”じゃなくて、豊かになりすぎた私たちの、最先端の「幸せ」のかたちであると思う。

私はここで、日本で、いちばん素直な「豊かさ」のあり方を見つけたい。

 

 

リラックスして生きたい。

時間をたっぷり味わって生きたい。

そこに必要なのは、本当は「お金」じゃなくて「命」そのものなんだと、

そこに気付かなければならない時代が来たのだと感じる。

 

 

 

 

 

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あわよくば、何も損なうことなく幸せが循環できる世界へ。

お金を介さずに豊かさを交換できる世界。

お金の心配をせずに、生きてることそのものの喜びだけを感じながら生きれる世界。

なにも損なうことなく、しあわせな命が続いていける世界。

 

 

 

そこにはどんな景色が広がっているだろう。

 

 

 

 

夢物語かな。いやきっと、遠い世界のおとぎ話なんかじゃないと思う。

いま、時代は急激に変化しているのだし。

私たちは、これから生きていく社会を、世界を、変えていくことができると思う。

 

 

 

 

 

「生きること」を考えるその景色から、「お金」のフィルターを外してみたとき、

そこにはちがう景色が見えるはず。

生きることの、本当の色が見えるはず。

 

 

この地球でずっと命が続くこと。一人一人が最大の幸せを持ち合わせて命を生きること。

 

それが一番大切なのだから。

 

 

 

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画像:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)@カズキヒロより

 

 

以上、長いひとり言でした。

 

 

最後まで読んでくれてありがとうございました!

またブログに遊びに来てくださいね^_^

 

 

 

最後に、私の好きな言葉。

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

土に根を下ろし、

風と共に生きよう。

種と共に冬を越え、

鳥と共に春をうたおう…。

 

どんなに恐ろしい武器を持っても、

たくさんのかわいそうなロボットを操っても、

土から離れては、生きられないのよ!

 

ー『天空の城ラピュタ』より

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

 

 

 

 

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結婚したら、子どもができたら、大人になったら…夢を諦めなきゃいけないと思ってた。

 

 

就職せず、やりたいことばかりをやってきた一年半。

 

「将来性」

 

そんな言葉から一番離れたところにいる私は、「結婚」とか「家族を持つこと」「子どもを持つこと」…

そういうことができる可能性を少しずつ削って、自由を得ている感覚があった。

 

やりたいことと引き換えに、世間で言われる「理想の姿」を放棄している感覚…

 

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お金のこと、職のこと…

独り身である今は、自分のことだけを気にして、自分のやりたいことだけを考えて生きていられる。

 

 

 

 

 

……それに、いずれは「まっとうな道」に戻る日が来るかもしれない。

そしたら、結婚したら、家族ができたら、守る人は自分だけじゃなくなる…

 

だから私は、今だけがやりたいことのできる猶予期間であり、自分が自分だけのために動ける時間であり、“夢を叶える最後のチャンス”だとも思っていた…

 

 

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今日お話しするのは、サキさんのこと。

サキさんとは、私が最近ある知人の紹介で知り合った30代の女性です。

 

彼女は、20代で世界中を旅したのちに結婚、今は自給自足の生活を実現しようと旦那さんと長野県に移住してきて、無農薬の大豆を栽培しながら一歳の小さな男の子と、3人で暮らしています。

 

先日、彼女と会う機会が持てた。

 

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彼女は私のヨーロッパ旅について興味を持ってくれて、お会いした時、開口一番にこう言った。

 

「私も、子育てが落ち着いたら北欧にファームステイに行こうと思ってるの!」

 

 

 

 

…その時、私は心底驚いてしまった。

驚きすぎて、その場ではすぐに言葉にできなかった。

 

 

 

 

 

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(えっ、結婚したのに、子どもがいるのに、そういう夢見れちゃうんだ。

今でもそんなに大きな目標があるんだ、そしてそれを、はっきり言葉にして言えちゃうんだ…)

 

 

という感じの驚き。

 

 

えぇ〜〜、めちゃくちゃ新鮮✨✨✨✨

サキさんって、何者!?

 

 

 

 

 

 

 

その後カフェでお茶している時に、サキさんに正直に言いました。

 

「私は、サキさんの夢がいつか北欧に行ってファームステイすることだって聞いて、正直すごく驚いちゃいました。サキさんは子どももいて家族もいて、農業を営んでもいるから、身動きが取りづらいはずなのに、どうしてそういう大きな夢を語れるのかなぁって、不思議でした。とても新鮮でした。」

 

するとサキさんは、

 

 

 

「えっ、そうなのかなあ!?」

 

 

と逆に、私の言葉に驚いたようでした。

そして少し考えて、こう続けました。

 

 

 

 

「それは私の周りにそういう人が多いからかもしれないなぁ。

世界を旅している時、ほんの数ヶ月の赤ちゃんを連れて世界一周の旅している人出会ったし、私の友達にも、季節ごとに旅行気分で場所を変えながら生活している家族とかいるし…

 

そういう人に出会ってきたから、“生きたいふうに生きる”ことへの精神的な壁が低いのかもなぁ…

というか事実、生きたいように生きることって、すごく難しいことではないんだよ。

 

“こうする”って決めたら、案外なんとかなっていくものだし!

 

 

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(わあ、私、サキさんに出会えてよかったなぁ。)

 

 

 

 

というわけで、みなさん、朗報。

 

 

結婚しても、子どもがいても、いくつになっても夢を持ってても良さそうです!

 

そうやって生きている人が確かにいます。

 

私たち、いくつになっても、夢を叶えることができるみたいです!

 

 

 

 

(わーい^o^)

 

 

 

 

歳や、家族や、職やその他もろもろ…

夢を叶えるのに足かせになるものは、本当は無いんだって!

じゃあ、私たち、死ぬまで夢を追いかけられる。

命をまるまる使って、叶えたい姿をたくさん叶えられる。

 

 

 

わくわくしますね、本当のところ、自分の人生はまるまる自分のものなんだって。

 

 

 

 

 

 

…そしてその日、サキさんが念を押すように強く言ってくれたのは、この言葉だった。

 

 

「やりたいことはいつでもできるんだけど、それでも、若いうちは圧倒的に身が軽い。

荷物は一人分でいいし、健康だし、どこにでも行ける。

それって実は凄いことで、だから、やりたいことは全部やってね。

できるだけ多くの経験をしてね。若いって、すごく特権だから。」

 

 

 

 

 

…さてみなさん、やりたいことやらない理由がいよいよ無くなってきました。

 

 

 

あなたは何をしたいですか?

叶えたい姿はどんなふう?

その時あなたはどこにいる?

そこにはどんな風が吹いていて、隣には誰がいる?

あなたは何に、情熱を燃やしている?

 

 

 

あなたが全部、選んでいいんだって。

 

 

 

楽しいこと、始まりそうですね。この人生で。

 

 

 

 

 

 

最後まで読んでくれてありがとうございました!

 

ブログ更新が遅くてごめんなさい。

また、たまに覗きに来てくださいね^_^

 

 

 

最後に、私の好きな言葉。

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

僕はきっとできると思う。

なぜなら僕らがそれをいま考えているのだから。

宮沢賢治

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

 

 

 

 

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